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自家製酵母のパン作りに学ぶ ものづくり企業の”品質管理”の重要性

皆さんの趣味は何ですか?筆者の趣味はパン作りです。
果物や酒粕などから酵母を起こし、酵母のお世話をしつつ、週末はせっせとパン作りに励んでいます。

このパン作り、実は「品質管理」の連続だということを知っていましたか?
今回は、自家製酵母パン作りを通して、ものづくりに欠かせない品質管理の精神について考えてみます。

自家製酵母パン作り=「品質管理」の連続

冒頭で紹介したように、私は毎週のように週末パン屋さんと化しています。と言っても、これまで専門的にパン作りを学んだことはありません。ただ、自家製酵母でパンを焼くのが好きなのです。果物を水の中に入れ、ぷくぷくとした気泡が付き、普段は目に見えない「発酵」が可視化される様を見ると、ミクロの世界での生き物の存在を感じることができます。

週末になると、冷蔵庫から自家製酵母の瓶を取り出し、生地を作り、パンが膨らんでいく様子を見るのが大好きです。個人的には、発酵が終わった焼く前のパン生地が一番かわいいと思っていますが、周りに共感してくれる人はいません。

パン好きが高じて、田中ぱんという名前で執筆活動もしています。

この自家製酵母パン作り、実は「品質管理」の連続なんです。

品質管理(Quality Control)とは、製品やサービスが一定の品質基準を満たすように管理・監督するプロセスのことを指します。*1

パン作りで言えば、目指す味や食感のパンを、毎回、安定して作り出すために、さまざまな工程で「品質管理」を実施していると言えます。

例えば、酵母の管理。酵母はパンの味や食感に影響を与えるので、常に注意深く観察することが重要です。
パン酵母を製造している工場であれば、溶存酸素の濃度やpH、温度などを計測し管理しています。*2

一般家庭ではこのような設備はありませんから、自分の目や舌で酵母の状態を観察することになります。
これは、まるでパン作りにおける「材料の検査」や「工程の管理」と言えます。もし、いつもと違う酵母の活動が見られたら、それはパンの品質に関わる「問題発生」のサイン。原因を突き止めて、次回はその問題が起こらないように対策を練ることも大切です。
もちろん、材料やその配合、発酵の時間などなど、品質に影響する要因は数えたらきりがありません。

つい先日、私がパンの生地をこねているとき、いつもと違う生地の仕上がりになり「おかしいな」と思ったものの、そのまま焼く工程に進みました。
結果は、ほとんど膨らまない立派な失敗パンの出来上がり。思わず家族に「こんな失敗作を生み出してしまった!」と報告してしまいました。(図1)

図1:筆者が作った失敗パン
出所)筆者撮影

ちなみに今回の失敗の原因は、配合する材料の割合を間違えたことでした。
また、生地をこねる工程で「いつもと違う」と感じたにも関わらず、次の工程へ進んだことも問題です。

失敗したパンは家庭内で消費するので笑いごとですみましたが、もしこれが販売するためのパンだった場合はどうでしょうか。
万が一、問題のあるパンが市場に流通してしまえば、そのメーカーの信頼は大きく失墜してしまうでしょう。
さらに、製造途中で異常を感じ取ったにも関わらず、最後の工程まで進み、焼成にかかったエネルギーを無駄にし、自社の損失を大きくしてしまっています。

品質管理とは、顧客から信頼を獲得するため、市場において自社の評価を高めるためには欠かせないプロセスなのです。

驚異の日本酒「獺祭」

ここまで、品質管理を怠ると企業の信頼を損ねるとお伝えしました。もしかすると脅しのようなニュアンスを感じたかもしれません。
ここからは、品質管理を徹底してさらなる成長を遂げた事例を紹介します。

「獺祭」という日本酒を知っていますか? フルーティーな香りとすっきりとした味わいで、世界中で愛されているお酒です。しかし、獺祭がここまでの人気を得るまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。

かつて、獺祭を製造する旭酒造は、山口県内でも小さな酒蔵の一つに過ぎませんでした。しかし、会社が経営危機に陥ったことをきっかけに杜氏(日本酒の醸造を行う職人)に去られ、社長の桜井博志氏は、大胆な改革に乗り出します。それは、酒造りの全工程をデータ化し、品質管理を徹底するという、それまでの酒造りの常識を覆すものでした。

伝統的に、日本酒造りは杜氏の経験と勘に頼るところが大きく、品質が安定しないことが課題でした。しかし、獺祭は、もろみの発酵状態や温度、湿度など、あらゆる工程を細かくデータ化し、分析することで、杜氏の勘に頼らずとも、常に高品質な酒造りを可能にしたのです。

その結果、獺祭は、従来の日本酒にはない、ばらつきのない安定した品質の清酒を常に提供できる全く新しいタイプの日本酒として世界中の人々を魅了することになりました。
また、一般的な酒蔵は冬にしか仕込みを行いません。そのため生産量は限られていますが、旭酒造は室温を管理し、他の酒蔵の50倍、100倍にものぼる清酒を生産しているそうです。*3

この成功は、データの力が伝統的な産業である酒造りにおいても、大きな革新をもたらすことを証明しています。獺祭は、データという新しい材料を使って、日本酒の可能性を広げていると言えるでしょう。

海外に進出したクラフトサケ

日本酒は、日本の風土と伝統が育んできた、まさに日本独自の文化です。しかし、近年、その常識を覆す革新的な動きが生まれています。それは、世界中で高まる日本酒人気を背景に、海外に進出するクラフトサケ醸造所の増加です。

財務省は原料に国産米のみを使い、国内で製造した清酒だけを「日本酒」と定義しています。
一方で、「クラフトサケ」は法律で明確に定義されているわけではありません。クラフトサケブリュワリー協会は「クラフトサケとは、日本酒の製造技術をベースとして、お米を原料としながら従来の「日本酒」では法的に採用できないプロセスを取り入れた、新しいジャンルのお酒」と定義しています。*4, *5

従来、日本酒造りは、日本の気候や水、そして酒米に大きく依存していました。しかし、クラフトサケの醸造家たちは、徹底的な環境分析や設備調整によって、海外でも高品質なクラフトサケの製造を可能にしています。

例えば、アメリカを拠点にしている「DASSAI BLUE SAKE BREWERY」。「DASSAI」とあるように、前述の旭酒造が手掛けている酒蔵です。

筆者は、「おいしい清酒を造るためには日本の酒米が適しているのだろうな」という漠然とした固定観念を持っていました。しかし、DASSAI BLUE SAKE BREWERYではアメリカ・アーカンソー州で栽培された米も使っています。*4

フランスに進出した「WAKAZE」も、現地の水と米を使いながらも、伝統的な製法と革新的な技術を融合させることで、クオリティの高いクラフトサケを生み出しています。*6(図2)

図2:フランスで作られたSAKE
出所)WAKAZE「フランス産『ゆず・スパークリングSAKE』」https://www.wakaze-store.com/blogs/news/yuzu_sparkling

従来の日本酒とは異なり、果実やハーブなどの副原料を加えたり、樽で熟成させたりと、自由な発想で新しい味わいが日々生み出されています。*5

このように、クラフトサケは、伝統を守りながらも革新を続けることで、日本酒の未来を切り拓く存在として、ますます注目を集めていくことでしょう。

海外のSAKE人気の要因は、やはり「SAKEがおいしいから」ではないでしょうか。しっかりとした品質のSAKEを安定的に供給する。品質管理の賜物だと筆者は考えています。

エンジニアの世界にも通じる「品質管理」

美味しい自家製酵母パン作りに欠かせない「品質管理」。実はこれは、エンジニアリングの世界にも共通する重要なテーマです。

例えば、自動車製造の現場を考えてみましょう。高度な安全性が求められる自動車では、部品の一つひとつの精度が厳格に管理されています。ほんのわずかな寸法のズレが、走行性能や安全性に大きな影響を与える可能性があるからです。高い品質を維持するために、設計段階での綿密なシミュレーション、製造工程における検査体制の構築など、様々な工程で品質管理が徹底されています。*7

ソフトウェア開発も同様です。プログラムのバグは、システムダウンや予期せぬ動作を引き起こし、ユーザーに多大な迷惑をかける可能性があります。それを防ぐために、開発者は様々なテストを繰り返し実施し、潜在的なバグを徹底的に排除する必要があります。
最近では、AIを活用したテスト自動化や、ソフトウェア開発担当とIT運用担当の協力を強化したDevOpsといった手法も積極的に導入され、より高品質なソフトウェア開発を目指した取り組みが進んでいます。*8, *9

このように、ものづくりにおいて「品質管理」は決して欠かすことのできない要素です。獺祭やクラフトサケの革新的な取り組みが示すように、伝統的な技術と最新のテクノロジーを融合させ、常に最高品質を追求していく姿勢が、これからのものづくりにおいても重要になってくるでしょう。

筆者も、家族からの信頼を勝ち取るため、今後は違和感を見逃すことなく、パンの品質管理を徹底したいと思います。

参照・引用

田中ぱん

学生のころから地球環境や温暖化に興味があり、大学では環境科学を学ぶ。現在は、環境や農業に関する記事を中心に執筆。臭気判定士。におい・かおり環境協会会員。

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