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テクノロジーが命を守る AIで進化する防災・減災の取り組みとは

日本は、地理的・気象的要因から、諸外国と比較しても地震や台風、洪水などの自然災害が発生しやすい国です。

「災害大国」である日本では、デジタル技術の発展に伴い、AIを活用した防災・減災の取り組みが進められています。
2019年5月に改正された防災基本計画では、「情報通信技術の発達を踏まえ、AI、IoT、クラウドコンピューティング技術、SNSなど、ICTの防災施策への積極的な活用が必要」という方針が新たに盛り込まれました。

AIを導入すれば、避難支援の高度化や人手不足の解消、迅速な災害対応が可能となり、早期復旧につながると期待されています。
全国の自治体では、防災分野におけるAIの導入が着々と進んでいます。

本記事では、AIを活用した防災・減災の取り組みがどのように進んでいるのか、具体的な事例とともに紹介します。

時代とともに進化する防災対策

日本は古くから、地震や台風、火山の噴火、津波など、さまざまな自然災害に繰り返し見舞われてきました。
自然災害と闘い、復興を重ねてきた経験を活かしながら、時代に合わせた防災・減災の取り組みを進めています。

政府は、防災システムや救助体制、災害時の情報伝達手順など、災害全般について定める法律として、「災害対策基本法」を制定しています。
1959年に発生した伊勢湾台風の被害を教訓として制定されたこの法律は、その後も大規模災害が発生する度に見直され、社会の変化に合わせてアップデートされてきました。*1

たとえば、1995年に発生した阪神・淡路大震災では、ボランティア活動を支えるための環境が整っていないことや、災害弱者への支援が不足していることなどのさまざまな課題が明らかになり、大幅な改正がおこなわれました。
また、2021年の大型台風の被害を受けた改正では、避難指示と避難勧告の一本化や、優先度に応じた個別避難計画の作成など、昨今の災害の激甚化に対応して、より確実に住民の命を守るために内容へと強化されました。*1

ほかにも、災害に対する事前の備えとして、大規模災害発生時に人命を守りつつ、経済活動を継続していくための国土強靭化の施策も進められています(図1)。*2


図1:国土強靭化の取り組み
出所)国土交通省「国土強靭化とは」
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/kyojinka/about/

国土強靭化の取り組みでは、個人・地域コミュニティ、民間企業、政府・自治体がそれぞれ主体となり、インフラの整備から家庭での防災用品の備蓄に至るまで、ハード面、ソフト面のさまざまな取り組みをおこないます。

広がる防災のデジタル化

多くの自然災害リスクを抱える日本では、防災の取り組みを時代とともにアップデートし、社会の進展や災害の激甚化に対応しています。
こうした流れのなかで、デジタル化やAI活用が進み、防災・減災の新たな可能性が広がっています。

災害対策基本法をもとに作成される防災基本計画では、AIをはじめとしたIoTやクラウドコンピューティング、SNSなどのデジタル技術を積極的に防災に活用していくことが明記されています。
さらに、内閣府が推進している「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」においては、AIを活用して人的被害の軽減や人手不足解消、迅速な災害対応を目指す技術の研究開発が進められています。
具体的には、AIがSNSで被災者と対話して情報提供するチャットボットや、衛星画像データを解析して被災範囲を即時に判読するシステム、市町村長の避難指示・勧告を支援するための避難判断支援システムなどの事例があります。*3

SIPプロジェクトの一環として開発された市町村災害対応統合システムでは、地域特性をふくむ膨大な情報をAIが解析して避難勧告の判断に必要な情報を市町村長に提供します。
これにより、「逃げ遅れゼロ」「犠牲者ゼロ」を目指した、より確実な避難を支援することができます(図2)。*4


図2:市町村災害対応統合システムの概要
出所)国家レジリエンス研究推進センター「災害対応の最前線における迅速・合理的な意思決定に向けて」
https://www.bosai.go.jp/nr/nr7.html

過去の災害データや気象データ、人や自動車のリアルタイムデータなどを活用することで、これまで自治体ごとに任されていた判断をAIが支援し、適切なタイミングで住民の安全な避難を実現するシステムです。

他にも、デジタル庁では防災DXという取り組みを進めています。
防災DXとは、デジタル技術の活用によって災害情報を共有し、災害対応を最適化することを目的とした取り組みです。

防災DXの取り組みのひとつとして、関係省庁や地方自治体、民間企業と連携し、住民支援のための防災アプリの開発・利用促進、それを支えるデータ連携基盤の構築などを進めています。
2023年3月からは「防災DXサービスマップ・サービスカタログ」をWebサイトに公開しており、防災関連の優れたアプリやサービスを自治体が簡単に検索・利用できる環境を整備しています(図3)。*5


図3:防災DXサービスマップ・サービスカタログ
出所)デジタル庁「デジタル庁における防災DXの取組」p.7
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/f7339476-4afc-42d8-a574-a06bb8843fb5/e7842b9c/20240604_policies_disaster_prevention_outline_01.pdf

利用できる防災分野のサービス・アプリは「平時」「切迫時」「応急対応」「復旧復興」の4つのカテゴリに分けられており、2024年5月末の時点で、193件のサービスが掲載されています。

このように、防災分野におけるデジタル化は着々と進みつつあります。
デジタル技術の活用は、自治体の災害対応力の向上に加え、住民ひとりひとりがより安全に避難できる環境の構築にもつながります。

AI技術×防災の最前線

防災のデジタル化の流れのなかでも、重要な技術の一つが、急速に普及が進んでいるAIです。
ここでは、AIを活用した防災の取り組み事例について紹介します。

首都直下地震を想定したAI防災システム

東京都江戸川区では、地震による火災の被害を最小限に抑えるために、キヤノンITソリューションズ株式会社が開発した火災検知システムを導入しています。
これまで江戸川区では、住民や消防署から直接寄せられる情報をもとに火災の状況を確認していたため、状況把握や避難指示に時間がかかってしまうという課題がありました。*6
しかし、新しいシステムでは高所カメラで撮影された画像をAIが解析して煙を検出することで、火災の発生場所を瞬時に特定することができます。
カメラの映像と地図が連携しているため、地図上のポイントをクリックするだけで、自動的に指定された方角の映像を表示することもできます(図4)。*7


図4:カメラ地図連携アプライアンス(サンプル画像)
出所)キヤノンマーケティングジャパングループ「日本一安心できる街」を目指し、AI防災システムを導入。江戸川区とキヤノンITSの挑戦」
https://corporate.jp.canon/profile/business/mirai-angle/series/challenge/03

さらに、AIの活用によって火災の発生を24時間365日自動で監視できるため、人手不足の解消にもつながります。

消防ロボットへのAI活用

総務省消防庁では、AI技術を活用した消防ロボットシステムの研究開発を進めています。
消防ロボットシステムとは、消防隊員が直接操縦するのではなく、システムからの指示に従って爆発の抑制や火災の延焼防止のための冷却活動や消火活動をおこなうものです。

このシステムでは、空中や地上で偵察・監視するロボットからの情報をもとに遠隔から指令が出され、放水砲ロボットとホース延長ロボットが消化活動をおこないます(図5)。*8


図5:消防ロボットシステムの活動イメージ
出所)令和2年版 消防白書「2.研究開発の状況」
https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/r2/topics4/56540.html

AI技術の活用によって、大規模火災に対しても複数のロボットの機能を分散させ、協調連携させることができます。
また、遠隔で操作ができるため、消防隊員が現場に入ることが難しい危険な状況下でも、画像認識や空間認識が可能です。

河川氾濫を予測する「浸水AIシステム」

Arithmer株式会社が開発した「浸水AIシステム」は、降水量などの気象データ、河川の水位データ、地形データなどを解析し、河川氾濫前の浸水被害を推定することができるシステムです。
シミュレーション技術によって、住宅への浸水や田畑・道路への冠水状況を動画で再現することも可能です(図6)。*9


図6:浸水AIシステムの概要
出所)Arithmer株式会社「福島県広野町役場へ浸水AIシステムを提供」
https://www.arithmer.co.jp/post/20240424

AIによって浸水エリアを高精度で予測できるため、近年増加しているゲリラ豪雨にも対応でき、迅速な避難につなげることで被害を軽減できると期待されています。
さらに、過去の豪雨データを活用することで、より実用的なハザードマップを作成することも可能です。*10
この浸水AIシステムは、2024年4月から福島県広野町で運用が開始されています。*9

まとめ

近年では、気候変動の深刻化によって大型台風やゲリラ豪雨などの自然災害が増加しています。さらに、大規模地震のリスクも高まっています。
こうした状況下で、防災の重要性はこれまで以上に増しています。

防災の取り組みは、社会のあり方や都市構造の変化とともに進化し、AIをはじめとしたデジタル技術の活用も広がっています。
AIの活用によって、防災の質そのものを底上げし、被害の最小化に大きく貢献することが期待されています。

参考文献

石上 文

広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。

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