「今知りたい」ことのほとんどを教えてくれるChatGPT。知識だけでなく、アイデアも「即座に」提案してくれる、相談相手になってくれるなど、すでに社会の中で大きな存在になっています。
その一方で、過度の生成AIへの依存がわたしたちの脳にどんな影響を与えるか研究結果が示されるようになってきました。
ここでは2つの論文をご紹介し、生成AIと脳の関係について考えてみたいと思います。
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HOME > コラム > ものづくり > 生成AIでサボった脳は戻らない?小さくなる? AIが人間の脳に与える影響とは
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「今知りたい」ことのほとんどを教えてくれるChatGPT。知識だけでなく、アイデアも「即座に」提案してくれる、相談相手になってくれるなど、すでに社会の中で大きな存在になっています。
その一方で、過度の生成AIへの依存がわたしたちの脳にどんな影響を与えるか研究結果が示されるようになってきました。
ここでは2つの論文をご紹介し、生成AIと脳の関係について考えてみたいと思います。
ことし6月にマサチューセッツ工科大学(以下、MIT)の研究チームがショッキングともいえる査読前論文を公表しました。
ChatGPTに依存すると人の脳の活動は停滞し、小論文の執筆に必要な集中力や意欲が低下するという内容のものです。
似たような実験は3月にカーネギーメロン大学とマイクロソフトが共同で実施していますが、結果については被験者の自己申告に基づいたものでした。*1
しかし今回のMITの調査は、実際に作業中の脳波を詳細に測定するという客観的手法を取っています。*2
具体的には被験者を3種類に分け、小論文執筆などの作業時の脳波を測定するという実験です。
1)LLMグループ:ChatGPTを用いて作業をする。
2)Searchグループ:検索エンジンを用いて作業をする。
3)Brainグループ:自分の頭だけで作業をする。

作業中の各グループの脳波測定のイメージ
(出所:Cornell University arxiv「Your Brain on ChatGPT: Accumulation of Cognitive Debt when Using an AI Assistant for Essay Writing Task」)
https://arxiv.org/pdf/2506.08872 p1
この3種類のグループで、それぞれの被験者がSAT(アメリカの大学入学選考に使われる共通テスト)に出題される小論文を書くという作業に取り組みました。
そこで興味深い結果が示されています。*3
まず、生成AIを使って小論文を書いたグループは、脳内で「記憶」や「言語」など異なる領域を統合する神経接続などの脳活動において最も低いパフォーマンスを示すことが脳波測定から確かめられました。
これは小論文の作成という目的達成への意欲や主体性、さらには集中力が欠けていることを示しているといえます。
実験では3本の小論文を書く作業ですが、1本目、2本目と書き進めて、3本目の小論文を書く段階になる頃には、被験者の多くは生成AIに論文のお題を丸ごと入力してしまうようになったといいます。
積極的に文章を読んだり執筆に取り組んだりする自主性がほとんど失われていたことが被験者へのインタビューによっても確認されています。
そこにクリエイティビティは存在しないと言えるでしょう。これが大学受験であれば、落ちてしまいそうです。
一方で自分の頭だけで小論文を書いたグループでは、異なる分野の神経を統合したり記憶をたどったりする際に脳にかかる負荷などにおいて最も活発な脳活動が観察されました。生成AIにお題を丸ごと入力するのとは対極的に、文字通り「自分の頭をフル回転」させていたのです。
かつ、結果として出来上がった小論文に対する満足感や「これは自分が書いたものだ」という所有意識も最も高い状態にありました。
なお、検索エンジンを用いて執筆にあたったグループは、両者の中間に位置していたということです。
そして、興味深いテストがその後も続きます。
1人3本書いた小論文のうち1つを選んで、生成AIを使っていたグループには自分の頭だけで、自分の頭だけで小論文を作成していたグループには生成AIを使って書き直してもらうというというものです。
すると前者のグループ(LLM→頭のみ)では自分の頭だけを使う環境になっても、脳活動や意欲、集中力は停滞したままで、復活することはありませんでした。また完成した小論文のレベルは低いままで、それに対する満足感や所有意識も相変わらず低いことが確かめられました。
逆に後者のグループ(頭のみ→LLM)ではどうでしょう。頭がサボるようになるでしょうか?
結果は意外なものでした。
それまで自分の頭脳だけに頼っていたところを、今度は生成AIの回答を組み合わせて考えながら書くことで脳の活動はさらに活発になり、完成した小論文のレベルも一層上がりました。また、作品に対する満足感や所有意識もさらに高くなったといいます。
この結果は示唆に富んでいます。
最初からAIに頼り切って頭がサボってしまうと環境が変わっても自分で物事を考えない癖は残り、一方で自力での頭の負荷を経験した後にAIを使うと、今度は頭がサボるのではなくAIを有効に使えるようになっていたということです。
AIとの協業メリットはまさに後者にあるはずです。
もうひとつ興味深い論文として、生成AIと人間の関係が長期的にみて脳のサイズに与える影響について言及している研究があります。
オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学の教授で進化生物学者のロバート・ブルックス氏が公表したものです。*4
コンピュータやAIは人間の脳を、膨大な記憶や計算といった負荷から解放してくれます。人間からすれば「記憶や計算をコンピューターやAIに外部委託」していると言えるでしょう。
すると、人間は自前で多くのことを記憶したり計算する必要はなくなりますから人間の脳は小さくなる、というのがブルックス氏の主張です。脳が小さくなることは悪いことばかりではなく、出産を楽なものにするというメリットもあるとブルックス氏は述べていますし、人類はこれまでの歴史の中で様々な知恵や知識を「文字で書き残す」ということをやってきました。
ただ、「考えること」をAIなど人間外の装置に委託してしまうと、人間には何が残るのでしょうか。
「人間は考える葦(あし)である」。パスカルは言いました。
そうでなくなった時、自然界で人類がどのように生き残っていけるのかはわかりません。
AIを始め、様々な便利なデジタルツールが日々生まれていくなか、AIはその機能の汎用性や柔軟性から、AIを「使っている」というよりもAIに「頭脳を乗っ取られている」ように見える人も少なくありません。
上記の実験が示すように、何も考えない状態からいきなりAIに頼って仕事をすると脳の活動は緩慢になり、その状態を元に戻すのが難しくなってしまいます。これが常態化すると、人間は与えられたお題を右から左に丸投げするだけの存在にしかなり得ません。そこに知能は必要ありません。必要なのはマウスとキーボードだけです。ロボットでさえ行える作業でしょう。これでは「AIに人間が使われている」状態です。
そうならないように、まず自分の頭で考えてから、AIは道具である自分はどう使うべきか、という認識を強く持って臨むべきです。