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より安全で快適な交通インフラへ 鉄道業界ではじまった生成AI活用

瞬く間に普及したAIは、さまざまな分野で活用され始めています。その一つが、私たちの生活を支える鉄道やバスなどの公共交通です。

生活になくてはならない公共交通は、地方の過疎化や少子高齢化による担い手不足を背景に、全国各地で危機に直面しています。
こうしたなか、路線の廃止や減便を防ぎつつ、交通インフラを維持していくための選択肢として、限られた人員で効率よく運用ができるAI技術が注目されています。
すでに、運行管理やルートの最適化などにAIが導入され、効率的な運行やサービス向上に貢献しています。

さらに鉄道業界では、生成AIの導入も進みつつあります。
JR東日本グループは、2024年に鉄道固有の知識を学習した「鉄道版生成AI」の開発を発表し、安全性向上や業務負荷削減、省人化を目指しています。

労働力不足や運行の複雑化が進むなかで、AIはこれからの公共交通をどこまで支えられるのでしょうか。

日本の公共交通が抱える課題とは

鉄道やバスなどの公共交通が抱える課題といえば、過疎化による利用者減少や人手不足などが思い浮かぶのではないでしょうか。

2023年にリクルートワークス研究所が発表した労働需給シミュレーションによると、2030年には341.5万人、2040年には1,100.4万人の労働力が不足すると見込まれています。
2040年の全体の労働力に対する不足率は16.0%と予測されてますが、この不足率は職種によって差があり、輸送・機械運転・運搬(ドライバー)は24.2%にのぼるとされています。
このように、鉄道やバスなどの運輸業界の労働力不足は今後さらに深刻化していくことが懸念されています。*1

公共交通の利用者減少も同様に深刻です。
長期的な人口減少に加え、新型コロナウイルス感染拡大によって利用者が急激に落ち込み、多くの公共交通事業者の経営環境が悪化しています(図1)。

図1:公共交通利用者数の推移
出所)国土交通省「地域公共交通の現状」p.4
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001898150.pdf

乗合バス、タクシー、鉄道、旅客船のいずれも、2023年(令和5年)の時点で利用者数はコロナ以前の水準に戻っていません。
このような状況でありながらも、ドライバーの求人数に対して求職者は不足しており、担い手不足の深刻さもうかがえます。

日本の公共交通が抱える課題は、これだけではありません。
世界規模で深刻化する気候変動により、近年は豪雨や台風などの自然災害が激しさを増し、深刻な被害が毎年のように全国各地で発生しています。
南海トラフ地震などの大規模地震の発生も懸念されており、交通インフラは防災・減災の強化が求められています。
さらに、環境政策への対応や設備の老朽化対策に加え、急速に進化するデジタル技術にどう対応していくのかも避けては通れない重要な課題となっています。*2

全国各地で広がるAIオンデマンド交通

交通インフラが抱えるさまざまな課題を解決するために、AIを活用した取り組みがはじまっています。

地方自治体で導入が広がりつつあるのが、利用者の変動に対応してリアルタイムで配車をおこなう「AIオンデマンド交通」です。
AIオンデマンド交通は、主に乗合バス(路線バス)で導入されており、スマートフォンのアプリや電話での配車予約に対して、AIが効率的なルートを自動で生成します(図2)。*3

図2:AIデマンドバスとは?
出所)総務省「AIデマンドバスとは?」p.0
https://www.soumu.go.jp/main_content/000885440.pdf

AIデマンドバスは小型のバス車両を使用した乗合バスですが、タクシーのように「乗りたいときに希望の場所へ移動できる」ところが特徴です。
つまり、バスとタクシーの中間のような存在で、利用料金もバスよりは高く、タクシーより安く設定されています。

AIデマンドバスは、日本版MaaS(Mobility as a Service)の施策のひとつとして位置づけられています。
MaaSとは地方都市での交通手段の維持や都市部での渋滞解消を目的に、バスや電車、タクシー、自転車などのさまざまな交通手段をスマートフォンのアプリに統合し、移動を最適化する次世代の移動サービスです。*4
国土交通省は、2019年から2023年の5年間で、129の事業者に対して、AIオンデマンド交通の導入支援を実施しています。*5

三菱商事とJR西日本の合弁会社であるネクスト・モビリティ株式会社が手掛けるAIデマンドバス「のるーと」は、全国54の自治体で導入され、月間利用者は10万人に達しています。
導入自治体を対象に実施されたアンケートでは、移動の負担軽減が高齢者の自立した移動の増加や受診控えの解消につながるとともに、若年層の行動範囲拡大にも貢献していることが分かりました。
また、「のるーと」を頻繁に利用する住民ほど、その地域に住み続けたいという意向が強いことも明らかになっています。*6

AIデマンドバスは、日本の交通インフラが抱える課題を解消する手段であると同時に、地域住民の生活の質(QOL)を向上させる新しい地域交通の形としても期待されています。

鉄道業界の業務改善を目指す生成AI

公共交通におけるAIの活用は、住民の利便性や満足度を向上させるアプローチだけでなく、運行管理や乗客対応などの業務負担を軽減する取り組みも進んでいます。
鉄道業界では、文章や音声などのコンテンツを自動作成できる生成AIを活用した業務支援や顧客サービス向上の取り組みも始まっています。

東京メトロでは、2024年に鉄道会社として初めて、生成AIを搭載したチャットボットをお客様センターに導入しました。
チャットボット機能の高度化によって、自由入力の質問に対しても高い精度で意図を理解し、最適な回答を生成することができます(図3)。*7


図3:チャットボットの機能の高度化
出所)東京地下鉄株式会社 Allganize Japan株式会社「鉄道会社初! 生成 AI 搭載のチャットボットが、お客様のお問合せに対応します!」p.2
https://www.tokyometro.jp/news/images_h/metroNews240618_g19.pdf

これまでのFAQ応答型では対応が難しかった質問にも回答できるため、利用者の利便性向上につながります。
さらに、従来オペレーターが手作業で対応してきたメールでの問い合わせに対しても、生成AIが必要な情報を検索し、回答案を作成することで、一連の業務を自動化することが可能になりました。
生成AIの導入により、年間25万件にものぼる多種多様な問い合わせに、迅速かつ的確に対応できるようになります。

ほかにも、2024年からJR東日本グループは、社員の日常業務を支援する「鉄道版生成AI」の開発に着手しています。
「鉄道版生成AI」は、鉄道に関する法令や規則、業務知識、ノウハウなど鉄道事業における固有の知識を集約し、顧客対応や車両保守、企画立案などの幅広い業務をサポートします(図4)。*8


図4:「鉄道版生成AI」の概要
出所)東日本旅客鉄道株式会社「鉄道固有の知識を学習した「鉄道版生成 AI」を開発します」p.1
https://www.jreast.co.jp/press/2024/20241008_ho02.pdf

鉄道分野の専門知識を学習した生成AIは、設備や車両のメンテナンス作業における注意点や過去の事例を提示できるため、作業の安全性を高めることができます。
また、複数の分野にまたがる業務でも、幅広い専門知識を備えた生成AIが対応できるため、他分野の社員への問い合わせなどの社内調整業務の負荷を軽減することが可能です。
このように生成AIによって業務が効率化されることで、社員は新規事業開発や地域活性化といった、より付加価値の高い業務に専念できるようになります。

さらにJR東日本グループは、2025年に「鉄道版生成AI」を信号通信設備のトラブル発生時に指令員を支援するシステムに適用することを発表しています。
生成AIを活用することで、原因の特定が難しいシステムトラブルが発生しても、最適な手順で迅速に対応できるようになります。
これにより、高度な専門知識を持たない社員が担当した場合でも、ベテラン社員と同じ手順で復旧作業を進めることが可能になります。
新幹線と在来線のシステムに生成AIを導入するのは国内初の試みで、故障から復旧までの時間を従来比で最大50%短縮することを目指しています。*9

まとめ

多くの課題を抱える公共交通を支え、地方の交通インフラを維持するために、AIを活用した取り組みはすでに本格運用が始まっています。
地域社会に根付くAIデマンドバスは、住民の利便性や生活満足度の向上にも貢献しています。
さらに鉄道業界では、業務の効率化や顧客サービスの向上を目指し、生成AIの導入が加速しています。

AIや生成AIは、単なる効率化の手段にとどまらず、私たちの暮らしを支える新しいパートナーとして進化を続けています。
AIと人間が協力していくことで、これからの公共交通が、より安全で、私たちの生活に寄り添う形へと発展していくでしょう。

参考文献

石上 文

広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。

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