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次世代ネットワークのキーデバイス 実用化に向けて加速する「光スイッチ」とは

インターネットや携帯電話、クラウドサービスなど日本の通信インフラは、光ファイバーを通じて通信をおこなう光通信ネットワークによって支えられています。
高速で大容量通信が可能な光回線は、動画のダウンロードやオンラインゲーム、リモートワークなどが快適におこなえる通信環境を提供しています。

今後、生成AIの普及に伴う急速なデジタル化により、エネルギー消費が増大することが予測されています。
それに対応していくために、通信ネットワークのさらなる効率化が求められています。

そこで課題解決のキーデバイスとして注目されているのが、光スイッチです。
光スイッチとは、光通信の信号を電気へ変換することなく光信号のままスイッチングができるデバイスです。
光スイッチは電気スイッチの一部を代替することで、消費電力を効率化できる新しいスイッチ技術です。

この記事では、光スイッチの仕組みと次世代ネットワークにおける期待、そして実用化に向けた最新動向について解説します。

日本のデジタルインフラを支える光通信

デジタル化が進む現代社会において、データのやり取りを支える通信インフラはなくてはならない存在です。
日本の通信インフラを支えているのは、光ファイバーを用いた光通信ネットワークと言っても過言ではありません。

光通信は、広大な周波数帯域を利用することで、超大容量・超低遅延・超低消費電力の通信を実現します。
大陸間を結ぶ海底ケーブルから全国を網羅する広域ネットワーク、各家庭やオフィスへのアクセス回線、さらには5G携帯電話の基地局間通信に至るまで、光通信は幅広く活用されています。*1

令和6年版情報通信白書によると、2023年3月末時点での全国の光ファイバー整備率は99.84%に達しています。*2
日本のデジタルインフラの整備は世界的にみても進んでおり、固定系ブロードバンドにおける光ファイバーの割合は、OECD加盟各国中第2位です(図1)。*3

図1:OECD加盟各国の固定系ブロードバンドに占める光ファイバーの割合
出所)令和6年版 情報通信白書「データ集」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r06/html/datashu.html#f00141

このように、日本では光通信ネットワークの整備は十分進んでいますが、生成AIをはじめとしたデジタル化の進展によってデータトラフィック量は今後も急増していくことが見込まれています。

スウェーデンの通信機器メーカーであるエリクソンが2022年11月に公表した報告書によると、世界全体におけるモバイル端末経由のデータトラフィック量は2020年以降右肩上がりで増加しており、2028年には月間約325エクサバイトに達すると予測されています(図2)。*4

図2:世界のモバイルデータトラフィックの予測(デバイス別)
出所)令和5年版 情報通信白書「第1部 特集 新時代に求められる強靱・健全なデータ流通社会の実現に向けて」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/html/nd121100.html

データトラフィック量の増加に伴い、エネルギー消費も増加すると考えられています。
そのため、省エネルギー対策や効率化を進めなければ、気候変動への影響が一層深刻化する可能性があります。

ネットワークシステムの電力消費を抑える光スイッチ

デジタル化の進展に対応するためには、より速く、無駄なく、大量のデータをやり取りできる通信ネットワークシステムの構築が必要不可欠です。

通信ネットワークシステムの高度化を進めるうえでボトルネックのひとつとなっているのが、光信号の経路を変更するためのスイッチです。*5

伝送するデータを適切な宛先に切り替えるスイッチは、複数のコンピュータやLANを接続する環境で効率的にデータ通信をおこなうために必要な装置です。*6

現状の通信ネットワークでは、データセンターなどで通信されるデータをいったん光信号から電気信号に変換し、電気スイッチによってパケット単位で宛先を振り分ける交換処理をおこなっています。
電気スイッチによる交換処理は過剰に電力を消費するうえに、通信容量の制限や遅延が生じることがあります。

このような課題を解決するため、光通信ネットワークにおいて、光信号を電気信号に変換することなく伝送経路を切り替える光スイッチの開発が進められています。
光スイッチは電気スイッチとは異なり、光信号のまま経路変更ができるため、ネットワークの負荷を低減し、電力消費を抑えることができます(図3)。*5

図3:電気スイッチと光スイッチ
出所)産総研「光スイッチとは?」
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20250618.html

データの流通量と電力消費量は、半導体チップの性能が1〜2年でほぼ倍増するという「ムーアの法則」を上回るスピードで急増しています。
電気スイッチは、ハードウェア性能の制約により飛躍的な高速化や大容量化が難しいことから、電気スイッチを使用したネットワークシステムの大規模化には、限界があると考えられています。*7

光スイッチの実用化に向けた動き

ネットワークやデータセンターの効率化を可能にする光スイッチの実用化に向けて、さまざまな実証がおこなわれています。

Googleのデータセンターで採用された光スイッチ

2022年8月、Googleは自社の一部のデータセンターの電気スイッチを光スイッチに切り替えて運用していることを発表しました。
光スイッチを採用したことで、通信速度が従来の5倍に向上し、消費電力は40%削減されています。*8

Googleが採用している光スイッチは、微細加工されたマイクロミラーによる微小電気機械システム(MEMS)方式です。
この方式では、ミラーの角度を制御することで、光ファイバーから出た光の経路を切り替えます(図4)。*9

図4:MEMS光スイッチによる経路切り替え
出所)ファイバーラボ株式会社「光スイッチ(MEMS,メカニカル)とは」
https://www.fiberlabs.co.jp/tech-explan/about-switch/

微小電気機械システム(MEMS)ミラーを用いた光スイッチは、機械的に光の経路を変える仕組みであるため、切り替えには10ミリ秒程度の時間がかかります。
100個以上の光経路を扱えるため、大規模な切り替えにも対応できるスイッチではありますが、長期間の信頼性や量産のしやすさはまだ課題が残っています。*8

次世代コンピューティングに適用可能な光スイッチ技術

産業技術総合研究所が2021年に開発した光スイッチは、世界最大の光スイッチ総容量1.25億ギガビット毎秒を達成しています。
これは、ブルーレイディスク60万枚以上の情報を1秒間で伝送できる容量に相当します。

この光スイッチは、シリコンフォトニクスと呼ばれる技術が用いられています。
シリコンフォトニクスとは、シリコン基板上に光集積回路を実現するための技術で、従来のシリカガラス系の光回路に比べて大量生産しやすいという特徴があります。

これまでは、光スイッチの大規模化にあたり、伝送信号が他の経路に漏れてしまうポート間クロストークが課題となっていました。
今回の研究では、光スイッチの性能試験によってポート間クロストークを正確に予測し、ネットワーク容量を最大化することに成功しています。

開発された光スイッチは大規模な光ネットワークの構築が可能であるため、次世代大規模データセンターやスーパーコンピューターを構築することも可能です(図5)。*10

図5:光スイッチを活用した次世代大規模データセンター・スーパーコンピューター構成のイメージ
出所)産総研「1.25億ギガビット毎秒、ポート数10万超の世界最大容量の光スイッチ技術」
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2021/pr20210604/pr20210604.html

光スイッチの活用によって、次世代の大規模データセンターやスーパーコンピューターの高性能化や省電力化が実現できると期待されています。

光スイッチ制御ソフトによるデータセンターの効率化

2025年7月、住友電工とエクストリームーD株式会社が合同で、光スイッチ制御ソフトを活用した複数サーバーへの動的GPU(Graphics processing unit:画像処理装置)割り当ての実証実験に成功しています。

この実証実験では、光スイッチ制御ソフトによって光信号を活用し、CPU(Central Processing Unit:中央演算処理装置)とGPUが物理的に離れた状態で運用できることを確認しています(図6)。*11

図6:光経路切り替えによる複数サーバへの動的GPU割り当ての実証実験の構成
出所)住友電工「当社開発の光スイッチ制御ソフトを活用した複数サーバへの動的GPU割り当ての実証実験に成功」
https://sumitomoelectric.com/jp/press/2025/07/prs106

生成AIなどの画像や映像の処理をおこなうGPUは高性能化が進むことで消費電力も増加し、それに伴って放熱量の増大が問題となっています。
光スイッチの活用により、CPUとGPUが最大1km離れた状態でも運用できることが実証されたため、冷却装置が必要なGPUのリプレースを単独でおこなえ、設備投資にかかるコストを削減できます。
さらに、光信号は通信方式に依存しないため、将来登場する新しい通信規格にも柔軟に対応できます。

おわりに

生成AIの普及をはじめとしたデジタル社会の急速な進展によって、データ通信量が爆発的に増加し、電力消費が増大することが懸念されています。
このような課題を解決する次世代のデジタルインフラを支える技術として、大容量かつ低消費電力を実現する光スイッチが注目されています。

光スイッチを活用した光通信ネットワークの実用化に向けて、さまざまな企業や研究機関が研究開発を加速させています。
光スイッチの実用化は、デジタル社会の新たな可能性を切り拓く鍵となるかもしれません。

参考文献

石上 文

広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。

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