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AI時代の生命線 海底ケーブルが握る日本の経済安全保障

デジタルインフラは国家経済の基盤です。
特に現在は、生成AIやIoTデバイスの爆発的な需要増加によって、安全で信頼性の高いデジタルインフラへの需要が高まっています。

デジタルインフラのうち、国際通信の99%を担うのが海底ケーブル。高品質な通信に欠かせない海底ケーブルは、世界シェアの約9割をフランス、アメリカ、日本の主要3社で分け合っています。

一方で、海外ケーブルを巡っては、経済安全保障上の課題が指摘されています。
海底ケーブルの重要性と影響、市場動向、安全保障上のリスクとその対策を探ります。

海底ケーブルの重要性

海底ケーブルの重要性が高まっています。
その理由をみていきましょう。

越境データ量の増加

現在は、企業活動のグローバル化や、インターネットを通じた国外へのサービス提供が一般的になってきました。
こうした状況から、国境を越えたデータ流通が活発化しています。
越境データ流通量は、新型コロナウイルス感染拡大を契機に、オンラインショッピングや動画視聴サービスなどの利用が拡大したことによって飛躍的に伸びています。*1

たとえば、2021年の越境データ流通量は785.6Tbps(テラビット/秒)と、2017年と比較すると約2.7倍にまで増加しました(図1)。

図1 越境データ・フローの上位国・地域
出所)日本貿易振興機構(JETRO)「データ取り巻く環境は今(世界)越境データ・フロー、投資、通商ルールからの考察」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2022/a0f8f01fb2cb87d3.html

国別にみると、日本は33Tbpsで11位でした。
日本の相手国は、米国のシェアが41.1%、中国が24.6%、シンガポールが13.4%と、上位3カ国で日本の越境データ・フロー全体の約8割を占めています。

通信サービスの急速なグローバル化や5Gの普及などを背景に、国際通信の回線需要はますます拡大しており、2020年から2026年までの年成長率は35パーセントと見込まれています。*2

国際通信を担う海外ケーブル

デジタルインフラはかつては衛星通信が主流でしたが、30年前の1995年には衛星通信と海底ケーブルが半々という状況でした。

しかし、現在の海底ケーブル通信はデータ量や速度で衛星通信より優れています。*3
こうした状況を背景に、現在は国際通信の約99%を海底ケーブルが担い、数秒の遅れが大きな損失につながりかねない金融取引や、eスポーツの対戦などにも欠かせないインフラとなっています。

世界中の海底には約500本、総延長約150万キロメートルの海底ケーブルが張り巡らされており、海底ケーブル1本当たりの伝送容量もこの20年で100倍を実現するなど、大容量化が進んでいます。*2, *3

海底ケーブルは自衛隊や在日米軍の防衛活動を支えるインフラとしても機能しています。
今後、AIや自動運転、メタバースの普及などに伴うデータ流通量の急増に対応するために、日本では新規海底ケーブルの敷設と陸揚局への接続が予定されており、その重要性は今後さらに高まると考えられています。*4

図2 海底ケーブルシステムによる国際通信のイメージ
出所)三菱総合研究所「外交・安全保障 第15回:有事を想定した海底ケーブルの防護・強靭化」
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20240524.html

海底ケーブルが政治・経済に与える影響

重要なインフラである海底ケーブルは、経済に大きな影響を与え、それが政治へと波及することもあります。

金融取引に与える影響

金融関係では、証券取引、為替取引、SWIFTネットワーク(国際銀行間通信協会)など、世界で10兆ドルを超える金融と取り引きが海底ケーブルを経由した情報通信に依存しているといわれています。*5

株式取引では、わずかな通信の遅延が巨大な損失につながりかねないため、海底ケーブルの通信障害はミリ秒単位の動きを要する金融取引に大きな影響を与えます。決済の遅延が引き起こされると、その影響はただちに市場全体に波及し、多大な損失が生じてしまいます。

海外ケーブルは、現在のグローバルな金融システムの基盤インフラであり、世界の金融・経済全体に多大な影響をおよぼしかねないリスクを抱えているのです。

サプライチェーンに与える影響

海底ケーブルに物理的な損傷が生じると、企業の日常業務やサプライチェーンに深刻な影響をおよぼします。

現在は主要なクラウドサービスプロバイダーはほぼ100%、海底テーブルに依存しているため、国際的な通信障害は、業務に必要な情報へのアクセスが遮断されることを意味します。
また、製造業ではサプライチェーンの管理システムが寸断されることによって、在庫管理や物流に混乱が生じ、生産の遅延による損失も生じます。
そうした状況が長期化すれば、企業の事業継続が脅かされることになるでしょう。

日本で全国的な情報通信の遮断が発生した場合、1日あたり約3,000億円の経済損失が生じるという推計もあります。

情報通信インフラ安定への信頼性に与える影響

情報通信インフラの安定に対する信頼性は、国際競争力に直結しています。
安定した情報通信環境があることは、グローバル企業が投資先を選定するときの重要な要素の1つです。

例えば、2011年の東日本大震災の際、日本では地震と津波によって多数の海底ケーブルが損傷しました。しかし、そのとき西日本を通過するルートのケーブルで通信が維持されたことで、1週間後には通信が復旧し、確かな対処能力を示すことができました。

このように、万が一の事態が生じた場合にも情報通信を維持できる体制を構築することは、経済の安定性と競争力という観点からも重要です。

海底ケーブルの世界市場

次に、海外ケーブルの世界市場をめぐる状況についてみていきます。

ケーブル距離の累計シェア

2011年から2024年までの敷設ケーブル距離の累計シェアは、米国のサブコムが約31%、フランスのアルカテル・サブマリン・ネットワークス(以下「アルカテル」)が約40%、そしてNECが約21%と、この3社で92%の受注を占めています。*3
ただ、中国のHMNテックも8%と途上国を中心に急速にシェアを拡大しています(図3)。

図3 海底ケーブルの累計敷設距離のシェア
出所)経済産業省 METI Jarnal「政策特集丈夫な経済のお守り 経済安全保障 vol.5 “データの大動脈”海底ケーブル 日本への「信頼」テコに世界シェア拡大目指す」
https://journal.meti.go.jp/p/40663/

寡占3社の状況

海底ケーブル市場は、新規建設の発注が安定しないため、安定的な受注を受けることが難しいという状況があります。*6
また、近年の資材・人件費高騰の影響もあり、寡占市場であっても、事業リスクが高いのが現状です。

米国のサブコムは、防衛請負業者や国家安全保障資産に投資している米国投資ファンドのサーベラス・キャピタル・マネジメントに買収され、2018年に経営体制が刷新されました。
2019年以降のGoogleが発注した上位10個の海底ケーブルに関するプロジェクトのうち、6つはサブコムが受注するなど、2020年代からはGoogleを主要顧客としての事業再生に成功しています。

フランスのアルカテルは、フィンランドのノキアの100%子会社でしたが、2024年6月にフランス政府への売却が発表され、国有化によって、経営の安定化を志向しています。

一方、NECはケーブル本体から関連設備まですべて国内で製造することが可能で、外国企業に
依存せずに重要インフラを構築できる希少な存在です。*3

経済産業省は、2025年5月に再改訂された「経済安全保障に関する産業・技術基盤強化アク
ションプラン」で、いくつかの物資・技術を経済安全保障上重要な物資・技術として新たに追加しましたが、海底ケーブルもそれに含まれています。

NECはこうした経済安全保障の取り組みをチャンスととらえ、長年の実績や、日本の技術に対する信頼性を武器に、ビジネス創出につなげようとしています。

海底ケーブルには、海底8000メートルまで沈めても25年間は稼働できる「長寿命・高信頼」が求められています。
また、一度敷設した海底ケーブルを引き揚げるのは難しく、地震などの自然災害によって破損した際の修理は、1回の作業で数週間ほどかかるため、信頼性の高い製品であることが求められているのです。*2, *3

一方で、中国企業が勢力を拡大して競争が激化しているため、事業環境は急速に変化しています。

経済安全保障上のリスクと対策

デジタルインフラとして重要な役割を担っている海底ケーブルですが、経済安全保障上のリスクが指摘されています。それはどのようなものでしょうか。

海底ケーブル障害の原因

海底ケーブルには深海の環境に耐える強度がありますが、それでも世界で毎年100~200件程度の障害が発生しています。
その主要な原因は地震などの自然災害ではなく、底引網や錨の使用などの人為的活動で、全体の約66%を占めています(図4)。*4

図4 海底ケーブル障害の原因
出所)三菱総合研究所「外交・安全保障 第15回:有事を想定した海底ケーブルの防護・強靭化」
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20240524.html

この他、特に最近は、戦争などの国際紛争をめぐり、政治的な意図をもって人為的に海底ケーブルが切断されるというリスクが懸念されています。

海底ケーブルのリスクへの対策

海底ケーブルを取り巻くリスクに対して、どのような防護策を講じるべきなのでしょうか。
三菱総合研究所は以下のA~Dの4つの課題ごとに、日本が取り得る対策を表1のように示しています。

<海底ケーブル切断に関する4つの課題>
(1)切断を防止する活動
 A. 既存ケーブルの防護
 B. 新規ケーブルの防護

(2) 切断の影響を最小化する活動
 C. 早期復旧性の確保
 D. 冗長性の確保

表1 海底ケーブルの防護活動の課題に対して、日本が新たに取り得る対策

出所)三菱総合研究所「外交・安全保障 第15回:有事を想定した海底ケーブルの防護・強靭化」
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20240524.html

最近は、国際データ通信量の急増や、多発する海底ケーブルの切断事故を背景に、世界的に海底ケーブルの敷設船が不足している現状があります。
経済安全保障上の重要インフラとして、さまざまなリスクに対処しつつ、安定した信頼できる通信を確保することが不可欠です。*3

おわりに

国際通信の99%を担う海底ケーブルは、デジタル経済の生命線です。しかし、そこには経済安全保障上のリスクも潜んでいます。
この危機を、日本の技術に対する信頼性を武器に、国際競争力を高めるチャンスと捉える見方もあります。

海底ケーブルのリスク対策は、国の経済安全保障を守ると同時に、私たちのデジタル社会を支えるための重要な取り組みです。

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横内美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーであり、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。
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