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AIは環境問題を解決する?それともリスク? AI技術を活用した気候変動対策とは

世界的な生成AIブームによって電力需要が増大し、温室効果ガス排出量が増加することが懸念されています。
人口減少が進んでいる日本も例外ではなく、今後はAIによって電力需要が増加することが予測されています。

しかしAIは、気候変動対策に活用することで、気候変動への適応策や緩和策を導き出すこともできます。
AIによるエネルギーの最適化や発電量予測によって、再生可能エネルギーの導入拡大を後押しすることも期待されています。

AIは気候変動対策に貢献する存在なのか、もしくは気候変動を加速させてしまう存在なのか、一体どちらなのでしょうか。

この記事では、AIが気候変動に与える影響とAIを活用した気候変動対策について紹介します。

気候変動対策はもはや待ったなし

気候変動は世界各地で進行しており、2025年3月に発表されたWMO(世界気象機関)の報告書では、「人為的な気候変動の兆候は 2024 年に新たな高みに達し」ているとされています。
この報告書によれば、2024年は大気中のCO2濃度が過去80万年間で最も高いレベルであり、世界の気温や海洋熱量に関しても記録を更新しています。
さらに、気候変動の影響の一部は今後数百年、場合によっては数千年にわたって回復不能なものになるという衝撃的な見通しも記載されています。*1

日本国内でも気温上昇が確認されており、文部科学省と気象庁が公表した「日本の気候変動2025」によれば、1898〜2024年の間に100年あたり1.40℃の割合で気温が上昇しています(図1)。*2 

図1:日本の年平均気温偏差の経年変化(1898~2024年)
出所)文部科学省 気象庁「日本の気候変動2025」p.9
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ccj/2025/pdf/cc2025_gaiyo.pdf

2018年7月や2023年7月の記録に残る猛暑も、地球温暖化による気温の底上げがなければ起こりえなかった現象であることが、シミュレーションによって証明されています。

気候変動によって近年、異常気象が増加しており、世界各地で豪雨災害や干ばつなどの気象災害が報告されています(図2)。*3

図2:世界の主な異常気象・気象災害(2015年~ 2021 年発生)
出所)国土交通白書 2022「1 気候変動に伴う災害の激甚化・頻発化」
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r03/hakusho/r04/html/nj010000.html

このように、気候変動は年々深刻化しており、すでに私たちの生活を脅かす存在になっています。

AIの普及はカーボンニュートラルの実現を脅かす?

日本のカーボンニュートラルは電力消費を減らすことが前提

気候変動の解決に向けて、日本では2050年カーボンニュートラルの実現を掲げています。
カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出を完全にゼロにするわけではなく、排出量を減らしたうえで、どうしても削減できない部分に関しては、植林や森林管理などによる吸収量を差し引いて、「実質ゼロ」にすることです(図3)。*4


図3:カーボンニュートラルとは
出所)脱炭素ポータル「カーボンニュートラルとは」
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/

カーボンニュートラルを達成するためには、省エネや再生可能エネルギーの導入などによる温室効果ガスの削減が必要です。
一方で、経済成長と温室効果ガス削減の両立は、非常に難しい課題です。

日本のエネルギー政策は、まずは省エネによってできるだけエネルギー消費量を減らしたうえで、電源の脱炭素化や低炭素燃料の活用によってCO2排出原単位を削減するという方向性になっています。(図4)。*5

図4:CO2排出削減のイメージ
出所)経済産業省「「カーボンニュートラル」って何ですか?(後編)~なぜ日本は実現を目指しているの?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/carbon_neutral_02.html

生成AIには大量の電力が必要

カーボンニュートラルの達成には、エネルギー消費を減らすことが前提となっていますが、日本の電力需要は生成AIの普及によって、今後増加していくことが見込まれています。

生成AIに不可欠なデータセンターの稼働には、大量の電力が必要です。
一般的なデータセンター1拠点あたりの消費電力は、一般家庭の契約容量の約1万〜1万6千世帯分に相当します(図5)。*6

図5:データセンターが消費する電力のイメージ
出所)JOGMEC「AIの普及により電力需要が急増! 電力不足を防ぐ取り組みを解説」
https://www.jogmec.go.jp/publish/plus_vol27.html

現状、生成AIによる電力消費は限定的ですが、生成AIの大規模化と社会への浸透が進むことで、電力需要が増大すると予測されています(図6)。*7

図6:生成AIの大規模化と社会浸透・需要増加による電力消費の増大
出所)総務省「生成AIの電力消費拡大にどう対応すべきか」p.5
https://www.soumu.go.jp/main_content/000994617.pdf

生成AIの影響によって電力需要が急増するのであれば、よりいっそうの気候変動対策が必要になります。

AIを活用した気候変動対策

AIは多くの電力を消費し、それに伴い温室効果ガス排出量が増加することが懸念されています。
一方でAIを活用して、気候変動を解決させようという取り組みもあります。
気候変動対策には、原因となっている温室効果ガスを減らす「緩和策」とすでに進行している気候変動の影響を軽減させる「適応策」の二種類があります。

ここでは、AIを活用した気候変動への緩和策、適応策をそれぞれ紹介します。

AIによる高精度な太陽光発電量予測

気候変動の緩和策として期待されているのが、再生可能エネルギーの主力電源化です。
しかし、太陽光発電や風力発電などは、発電量が天候に左右されることから、予測が難しいことが普及拡大への課題となっていました。

大阪ガス株式会社では、気象予測技術にAIを組み合わせた高精度な発電量予測システムの開発に成功しています。(図7)。*8

図7:AIを活用した太陽光発電量予測技術の概要
出所)PRTIMES「【受賞】太陽光発電の”予測困難”に挑戦!AIが切り開く再生可能エネルギーの未来「第2回太陽光発電量予測AIコンペティション」でトップ賞を受賞」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000070.000139670.html

この技術はすでに実用化されており、2023年7月からは電力ビジネス事業者向けの予測サービスの提供も開始しています。
AIによる高精度な予測によって、これまで太陽光発電の運用において生じていた計画値と発電実績の乖離を埋めていくことができれば、再生可能エネルギーの導入拡大にも貢献します。

AIを活用した工場のエネルギー最適化

工場などの生産現場でエネルギー消費を効率化し、省エネを推進することも、気候変動の緩和策の一つです。
株式会社日立製作所と住友化学株式会社は、AIを活用した工場のエネルギー消費の低減・最適化を図る生産計画の自動立案システムの検証を開始しています。

このシステムでは、AIによって生産側とエネルギー側のそれぞれの計画の調整案を提示し、生産稼働率を最大化しつつ、エネルギーコストやCO2排出量を最小化します(図8)。*9

図8:エネルギーを最適化するシステムのコンセプト
出所)株式会社 日立製作所「日立と住友化学、AIを活用し、エネルギー消費の低減・最適化を図る 生産計画の自動立案システムの実用化に向け、実工場での検証を開始I」
https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2025/03/0327.html

住友化学の千葉工場・袖ケ浦地区で実施された事前検証では、AIを導入したシステムが工場のエネルギー消費量を削減できることが確認されています。
生産性向上と環境負荷低減の両立させることで、DX、GXを実現する技術です。

気候変動の農作物影響をAIが解析

すでに進行している気候変動への適応策として、農作物への影響をどれだけ減らすことができるのかが検討されています。

農業・食品産業技術総合研究機構は、さまざまな気象条件を再現する「ロボティクス人工気象室」とAIスーパーコンピュータを活用することで、気候変動の農作物影響を解析しています(図9)。*10

図9:ロボティクス人工気象室を活用するシステムのイメージ
出所)サイエンスポータル「スパコンとAI活用し気候変動の農作物影響を解析 農研機構が「人工気象室」を開発」
https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20220906_n01/

「ロボティクス人工気象室」における栽培環境データや計測データをAIが解析することが、気候変動に強い品種や栽培方法の開発につながります。

AIを活用した防災・減災対策

気候変動の進行によって頻発化・激甚化する自然災害の被害を最小限に抑えるためにも、AIが活用されています。

大分県では、AIによる防災危機管理情報サービス(Spectee Pro)と県のシステムを連携させ、防災に取り組んでいます。
AIが複数のSNSに投稿された災害情報から正しい情報を選別することで、正確な被害状況を自動的に地図上に可視化したり、浸水範囲を把握するための情報収集が可能になります。*11

九州地方で記録的な大雨となった「令和2年7月豪雨」でも、被害状況の情報収集にこのシステムが活用されました。
SNSに投稿された写真や動画から場所を特定することで、上空から俯瞰する空中写真と比較しても短い時間で浸水範囲の把握が可能になりました(図10)。*12

図10:浸水範囲早期把握手段と所要時間の比較
出所)極端気象災害研究領域水・土砂防災研究部門「令和2年7月豪雨により福岡県および熊本県で発生した洪水災害の調査報告」
https://mizu.bosai.go.jp/key/R02_FS0715-0717

救助要請や安否確認などを求めるSNS投稿を収集し、被害状況の確認や適切な連絡先を伝えるなど、実際の救助にも役立っています。*11

おわりに

日本が目指すカーボンニュートラルの実現には、省エネによって電力消費量を減らすことが前提とされています。
今後、電力需要がAIによって急増するのであれば、カーボンニュートラル実現への逆風となるかもしれません。

一方で、気候変動対策においても、AIは重要な役割を担っています。
AIは、気候変動の進行を食い止める緩和策と、影響を抑制する適応策のどちらにも貢献する技術で、幅広い分野で活用されています。

AIは気候変動を助長させる存在ではなく、気候変動を解決するソリューションとなることができるのでしょうか。今後のAIの技術進化に、期待が高まります。

参考文献

石上 文

広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。

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