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日本の半導体産業復活の鍵となるか? パワー半導体の可能性を探る

コンピューターやスマートフォン、自動車などに使用される半導体は、いまでは私たちの暮らしに欠かせないものになっています。
半導体にはさまざまな種類があり、材料や機能、構造などによって分類されています。

半導体の一種であるパワー半導体(パワーデバイス)の特徴は、高い電圧、大きな電流を扱うことができることです。
電流の流れを管理することができるため、家電製品や電気自動車、新幹線、太陽光発電などの幅広い分野で活用されています。

近年では、新たな素材であるSiC(シリコンカーバイド)やGaN(窒化ガリウム)を使用した次世代のパワー半導体も開発されています。
消費電力の大幅な削減によって省エネを実現する次世代のパワー半導体は、GX実現の鍵となる技術として期待されています。

そもそも半導体とは

半導体と聞いて、どんなものなのか、何に使用されているのか、具体的にイメージできる方のほうが少数派かもしれません。

半導体とは、導体と絶縁体の中間の性質を持つ物質のことです。
金属などの電気を通しやすい導体と、ゴムやガラスなどの電気を通さない絶縁体のちょうど中間の性質をもっているため、条件によって電気を通したり通さなかったりすることができます。
半導体特有の性質によって、電流を一方向だけに流す「整流」、電気信号を大きくする「増幅」、電気をON/OFFする「スイッチング」をおこなうことができます。(図1)*1


図1:半導体の特性
出所)富士電機「パワー半導体とは」
https://www.fujielectric.co.jp/products/semiconductor/information/about.html

半導体にはさまざまな種類があり、コンピュータを構成するデバイスであるCPUやメモリ、トランジスタや抵抗などをシリコンチップに搭載した集積回路(IC)、照明などにも使用されるLED、電流を制御するサイリスタなどもすべて半導体の一種です。(図2)*2


図2:半導体の種類
出所)ROHM「半導体の仕組み: 半導体の定義や性質から詳しく解説」
https://techweb.rohm.co.jp/trend/glossary/18926/

電気の流れを操ることができる半導体は、電化製品や自動車だけではなく、ロボットやAIなどのデジタル化を支える先進技術の基幹部品にもなっています。
デジタル化を加速させるために必要なハードウェア、ソフトウェアの双方を支える基盤である半導体は、すべての産業・生活に欠かせない存在です。(図3)*3


図3:すべての産業・生活を支える半導体
出所)経済産業省「半導体政策について」p.2
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/ab1/20241028/sankou3.pdf

図3にもあるように、半導体はその機能によってメモリ、ロジック、マイコン、パワー、アナログといった種類に分類することもできます。
たとえば、高度な計算・情報処理をおこなうロジック半導体は、自動車の自動運転や5G通信、データセンターなどに、情報を記憶する半導体メモリはデータセンターの主記憶装置やUSB、SDカードなどに広く使用されています。(図4)*3

図4:半導体の種類と主要企業
出所)経済産業省「半導体政策について」p.4
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/ab1/20241028/sankou3.pdf

この記事でとりあげるパワー半導体は、電流・電圧を制御し機器を動かすための半導体です。

エネルギー効率を向上!社会で活躍するパワー半導体

パワー半導体とは、直流の電気を交流に変換するインバータ、交流の電気を直流に変換するコンバータ、周波数変換をおこなう電力変換器などに使用される半導体デバイスの総称のことです。
他の半導体とは異なり、高い電圧や大きな電流に対しても壊れない構造をしているのが特徴です。*1 *4

パワー半導体は、電気を止めたり、通したりするスイッチング動作によって、電力変換をおこなうことができます。
パワー半導体の内部で高速スイッチングをすることで、直流から交流、あるいは交流から直流に変換したり、周波数や電圧を変えたりすることができます。
パワー半導体の適用領域は幅広く、エネルギーや交通インフラ、家電製品など多岐に渡ります。(図4)*5

図4:パワー半導体の性質と適用領域
出所)経済産業省 近畿経済産業局「パワー半導体とは」
https://www.kansai.meti.go.jp/3jisedai/project/elctronics/press/powerelectronics.pdf

パワー半導体による電力変換は、従来の方式と比較してエネルギーロスが少ないことから、省エネに貢献します。*4
2050年カーボンニュートラルの実現に向け、省エネの徹底が求められていることから、あらゆる機器の電力制御デバイスとして活用されるパワー半導体の需要が高まっています。

開発が進む「次世代」のパワー半導体 どこがすごいの?

これまでパワー半導体には主にSi(シリコン)が使用されてきましたが、ここ10年で、SiとC(炭素)で構成されるSiC(シリコンカーバイド)を使用した、新しいパワー半導体が実用化されました。*4

SiCを使用することで、従来のパワー半導体よりも、電力変換の効率を向上させることでき、さらなる省エネを実現します。
2014年には、SiCパワー半導体を実装した鉄道車両の消費電力が従来比の40%減を記録しています。*6
鉄道車両のインバーター装置にSiCパワー半導体が全面的に使用されるのは世界初で、電力損失の削減に加えて、軽量化による重量軽減によって省エネ効果を高めることに成功しています。(図5)*6


図5:鉄道車両用インバーターの解説図
出所)NEDONW「次世代の電力社会を担う「SiCパワー半導体」が、鉄道車両用インバーターで実用化」
https://webmagazine.nedo.go.jp/practical-realization/articles/201706sic/

現在では、SiCパワー半導体は、N700系新幹線やテスラなどの電気自動車にも搭載されています。*7
SiCパワー半導体の技術開発競争は激化しており、その市場規模は、2021年から2030年の10年で、約24倍まで成長することが予測されています。(図6)*8

図6:SiCパワー半導体の市場推移
出所)経済産業省「参考資料(半導体)」p.10
https://www.meti.go.jp/press/2023/12/20231222005/20231222005-12.pdf

政府は、産業部門におけるGX(グリーン ・トランスフォーメーション)の実現に向けて、消費電力の大幅な削減を可能とする次世代パワー半導体に対する投資促進政策を策定しています。
これまで海外に向かっていた企業投資を国内に呼び戻すための国内投資支援措置として、次世代パワー半導体に対する追加支援も実施されます。*9

パワー半導体の次世代材料としては、すでに実用化されているSiC以外にも、GaN(窒化ガリウム)やダイヤモンドなどが有望視されています。
SiCの次に研究開発が進んでいるのがGaNで、SiCと比較して耐久性は劣るものの、電流が流れている状態の電力損失が少なく、高速スイッチ切り替えが可能です。
SiCとGaNは親和性が高く、相互補完的な特徴を持っていることから、2つの素材を組み合わせたハイブリッド型パワー半導体の開発も進められています。
1つの材料だけではいずれ性能に限界を迎えてしまうと懸念されていましたが、2つの材料のいいとこどりをすることで、高効率で高信頼性なパワー半導体を作製することができると期待されています。*7

産業技術総合研究所では、2つの材料のいいとこどりを実現するために、複数のデバイスを一体化して1つの固体の塊とするモノリシック化というコンセプトのもとで実証を進めています。
次の図7は、コンセプトの実現可能性を検証するために開発されたGaN-SiCハイブリッド型パワー半導体デバイスです。*7(図7)

図7:直径100 mm基板上に作製されたGaN-SiCハイブリッド型パワー半導体デバイス
出所)産総研「高効率、高速で耐久性に優れたハイブリッド型パワー半導体を開発」
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20221012.html

高性能で小型化も可能なGaN-SiCハイブリッド型パワー半導体デバイスは、家電製品だけでなく、発電や自動車、電車などの産業用途での活用も期待されています。

日本はパワー半導体で世界をリードできるのか

日本の半導体産業は、1990年代以降に国際的なシェアが徐々に低下し、競争力を失いつつあります。
1980年代後半には世界1位だったシェアは、2019年には10%程度まで落ち込んでいます。(図8)*3


図8:日本の半導体産業の現状
出所)経済産業省「半導体政策について」p.5
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/ab1/20241028/sankou3.pdf

半導体全体のシェアは低下していますが、パワー半導体の領域では、日本は世界シェアの20%を占めています。
しかし、単独企業のシェアは10%にも満たないため、企業単位で見ると欧米企業に大きく遅れをとっています。*8

激化する国際競争を勝ち抜くため、国内の大手半導体企業同士の協業も始まっています。
それぞれの企業がもつ技術的優位性を活かしながら、国内での連携・再編を図ることで、欧州、米国に次ぐ第三極の拠点となることを目指しています。*8

GXへの取り組みを推し進める政府の政策は、再生可能エネルギーや電気自動車の分野に強みを持つパワー半導体にとって追い風となるでしょう。
パワー半導体の技術で世界をリードすることができれば、勢いを失いつつある日本の半導体産業を復活に導くことができるかもしれません。

参考文献

石上 文

広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。

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