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ものづくり

わたしが愛してやまない、「実用美」の世界 ~日本の製造業は何がすごいのか~

世の中には様々な製品が溢れている。
とにかくコスパを重視したもの、ブランド性の高さをアピールするもの、あるいはその中庸などなど。

ものづくりにあたって、あるいはものを買うにあたっての価値観は多様だが、筆者が最も心踊るものがある。

「実用美」「機能美」の世界だ。

ブランド品が欲しくなるお年頃

TBSに入社してからの最初の数年は、本当に忙しかった。朝は早く夜は遅く、心から休める日が月に1、2日くらいだったと思う。

すると「金はあるが暇はない」状態になってしまう。

というので、たまの休みは銀座に行って買い物するというのが趣味になってしまった。散財しか趣味がない、というやつである。

そして、周りの先輩たちを見ていると、自分もブランド品なんかが欲しくなる。
銀座に行けばブランドショップが色々あるわけだが、筆者はプラダ一択だった。

ナイロンベースの黒いバッグに、お約束の三角プレート。
最初に手に入れたのが、仕事用のナイロン製ショルダーバッグである。
なんだか、大人の階段をひとつ昇った気分になって、それはそれは嬉しかった。

そこから調子に乗って革製のものもいくつも買っていたが、今は昔。バンド活動なんかを始めたら今度は楽器にお金がかかる。
会社も辞めちゃったし。
今となっては、収入なんて当時の半分くらい。

そんなこともあって、全部売ってしまった。人生、そんなものなのかもしれない。
しかし、いろいろなこだわりの買い物が良い思い出をくれたのも確かだ。

心を射抜かれたブルー

さて、贅沢品としてサラリーマンが職場に身につけていくものならば、次は腕時計である。
じつは、プラダより先にハマったのがこちらだ。

腕時計は昔から大好きで、学生のときも色々持っていた。いうて「そこらへんのやつ」である。

しかしもはや、社会人になった。
よし、それなりのものを買おう。とある百貨店に出かけて時計コーナーを色々物色していた時、一瞬で筆者の心を射抜いた1本があった。
言葉では表現できない繊細な青の文字盤。「青」と括ってしまうのが申し訳ない絶妙な色である。

実は当時、筆者は知らなかった。ブライトリングというブランドを。
ただただ、その文字盤の色を見て「これだ!」と決めたのである。今は廃盤になっているモデルだが、確か26万円とかだっただろうか。なんとか買えてしまった。

そこからはもう、えらいこっちゃである。

パイロット用の時計が起源

ブライトリングは1884年創業のスイスの時計メーカーである。

1952年には飛行中に必要な平均速度、移動距離、燃料消費量、上昇率、マイルからキロメートルやカイリへの換算などといった計算ができる回転計算尺が搭載された腕時計を開発した。
その2年後には、そのデザインは国際オーナーパイロット協会(AOPA)の公式タイムピースのデザインとして採用され、すぐに世界中のパイロットに普及することになる*1。

「ナビゲーション」と「タイマー」を組み合わせた名前の「ナビタイマー」が誕生、その「ナビタイマー」は今もブライトリングのメインを飾るラインナップである。

正直、今私たちが地上で普通に暮らしていて、こんな計算尺は必要がない。


ブライトリング「ナビタイマー」
(出所:BREITRING )
https://www.breitling.com/jp-en/find-your-breitling/mens-watches/

しかしこの計算尺がまだ残っているのだ。それゆえの細かい目盛りがデザインに華を添えている。大空に思いを馳せることができる。

そんなことを知った筆者は、ますます沼にハマることになる。

実用性から生まれた美の様式。洗練されたデザイン。ここら辺についての好みは個人差があるだろうが、筆者には「どストライク」で、その後男性用のいろんなモデルを買って身につけていた。

(写真:筆者提供。右下が最初の1本、実際は白文字版のナビタイマーもあったがここには映っていない。雑誌で特集されたときは嬉しくて仕方なかった)

ブライトリングにいくらを貢いだかなんて、計算したくない。知らん人からすれば「お金の使い方大丈夫?」と言われそうなので、自慢することなく自己満足で、何本か持っているものを、その日の気分で変えて身につけていた。

常にメンズを身につけていたので「ごつい時計してる人」程度の印象しかなかっただろう。それでいいのだ。

「腕時計かっこいいですね」と言われると朝までトークしてしまいそうだからだ。

え、これ、かっこええって?高そうやて?そうでっしゃろ?それはお客さん、見る目ありますわ。これね、単なる高級腕時計ちゃいますねん。シンプルに見えて計算までできるんですわ。やからパイロットさんもつこてはりますねん。いくらやったとは言いまへんけど、えらいもんでっしゃろ?

みたいな心地よい気分である(誰にも言わないし、自分は計算などしないけれど)。

「シュッとしてる」よね。

しかしブライトリングにハマってから、ある時、自分が昔なぜプラダが好きだったのかに思い当たった。
自分の名前は控えめ。でも、機能はきっちり。
そういう世界のものに自分は惹かれるのだ。機能がありながらも、デザインへの反映はシンプル。「しれっとしている」のだ。

こういうのを「実用美」というんじゃなかろうか、そんな共通点に気がついたのだ。
関西弁でいうところの「シュッとしてる」みたいな。

ある時社内ではじめて、ブライトリングを着けている先輩に出会った。もう、その人との間には細かい自己紹介なんていらない、そんなヲタクの世界でもある。

ああ、君の価値観はじゅうぶんわかっておる。多くを語ればダサくなるのでやめたまえ、と一瞬で打ち解ける世界がそこにある。

世に溢れる実用美

そんな目で見ると、世の中には「多機能をシンプルなデザインに収めたもの」が多く存在する。
一例としてはこんなものだ。

とんこつラーメンを食べるアレ

愛知県を中心に展開する「スガキヤ」。豚骨ベースのラーメンは、店舗のない地域でもカップラーメンでも再現されるほどの全国区である。

そのスガキヤのもうひとつの名物が「ラーメンフォーク」だ。

開発されたのは1978年のこと。箸の原材料となる木材の伐採=森林破壊が言われ始めた時代で、創業者の菅木周一は、毎日大量に捨てられる割り箸を見て心を痛めた結果、環境保護の視点からこのフォークを考えたのだという*2。

しかし一筋縄にはいかず、割り箸を求める客も多かった。
それを2代目が改良して使い勝手を向上させ、普及していった。

フォーク部分で麺を食べることができて、スプーンの部分でスープもいただける。なんなら、スープの底に沈んだトッピングもかっさらうことができる。

実は、そのデザイン性はMoMA(= ニューヨーク近代美術館)に認められており、現在は公式ショップでも割といいお値段で販売されている。

MoMA通販サイトで販売されているスガキヤ ラーメンフォーク
(出所:MoMA)
https://www.momastore.jp/shop/g/g0708444726028/

筆者がこのラーメンフォークを見て思うのは、「なんかかわいいじゃん、それでいて便利なんでしょ?」ということである。

顔でも書けば部屋に飾れそうなシロモノだ。
心惹かれる存在のひとつである。

例えば、箸が苦手な外国人観光客がフォークでラーメンを食べる姿を見るより、これで上手にラーメンを食べている姿を見たらだいぶ好感度が上がって、むしろチャーミング!と思ってしまうのは筆者だけだろうか。

チャペルなんかにある荘厳なアレ

結婚式場なんかにあるパイプオルガンもそのひとつだと筆者は思う。

壁一面に並んだパイプ。当然あれは飾りものでも誇張でもなんでもない。必要があってああなったのだ。


パイプオルガン
(出所:YAMAHA)
https://www.yamaha.com/ja/musical_instrument_guide/pipeorgan/mechanism/

奏者が座るのは中央下の小さな演奏部分。ここに手足で踏む鍵盤があり、このパイプ全部を一人で奏でるのである。

おそらく世界最強の楽器なのではないかと筆者は思っている。ひとつの鍵盤で複数の楽器の音を一気に出せてしまうのだ。ひとりオーケストラだ。

テクニカルな詳細はここでは控えるとして、「そんな楽器を求めた結果としてそういう形になった」んだろうなあと思うのがこのデザインである。そういう世界には痺れる。

日本人職人こそ「実用美」「機能美」が得意なのかもしれない

さて、筆者は楽器をやっている。アルトサックスである。

今持っているビンテージの1本を生涯使い続ける気ではいるが、興味本位で楽器屋のサイトなんかはよくチェックしている。

ほう、最近はこんなメーカーがこんなモデルを出してるんだ、いくらくらいなんだ、へー。という感じで。買うか買わないかは別として、常に興味はあるものだ。

しかしひとつ気になっているのは、楽器に限らず、「実用美」を極めてる製品って、日本でのほうが探しやすいんじゃないかなあということだ。
日本の製品に筆者が実用美を感じるのは、結果論かもしれないけれど。

サックスメーカーにそう関心がある人は多くはないと思うが、サックスの世界には「3大メーカー」というのがある。

ひとつはYAMAHA。これはもう、足掻き用のないグローバルメーカーだ。そしてフランスのセルマー社。これも、古くから絶大な支持を得ている、界隈では超有名な世界的老舗だ。

そして、もうひとつは「Yanagisawa」である。柳澤、ガチの日本メーカーである。かつては筆者も使っていた。最初に買ったサックスが、偶然Yanagisawaのものだった。

なぜか?理由は明確ではない。

ただ、「そんなに派手な輝きや彫刻が施されてないけど、安いわけでも高いわけでもないけど、芯のある音がいきなり出てきたから気に入った」としか言いようがない。

世界中の一流プレイヤーに愛され、世界中に販売拠点を置くYanagisawaだが、実際には従業員数89名という、東京・板橋区に拠点を構える中小規模の企業だ*3。
でも、筆者は楽器サイトを見ては、Yanagisawaの新商品をよくチェックしている。

あわよくばYanagisawaのバリトンサックスなど欲しいなと思っている。そんなカネないけど。

彼らは自社ブランドのサックスを販売するだけでなく、他メーカーの機種にも取り付けられる音質改善ガジェットも複数開発・販売しており、今セルマー社のサックスを吹いている筆者も、そんなガジェットを使っている。
なんなら筆者は、新宿にあるリペアルームでセルマー社のサックスをいつもメンテナンスしてもらっている。

そんな、「実用」を第一に考える姿勢。

筆者はそういうものに出会い購入するたびに、それらを眺めながら酒を飲めるくらいの愛が生まれてしまう。

サックスっていう楽器なんて、その最たるものだ。見た目がすでにかっこええやろ?
だからなおさらやめられない。

注釈

清水 沙矢香

2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。

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