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ものづくり

自然と共生する社会を目指して 企業が取り組むネイチャーポジティブとは?

ネイチャーポジティブ(自然再興)とは、環境破壊による生物多様性の損失を食い止め、回復軌道にのせることを意味しています。
ネイチャーポジティブは、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーなどと並ぶ環境分野の世界的な潮流の一つで、国際認知度も高まっています。

国内外で環境問題への意識がますます高まる昨今では、企業活動においても、自然と共生し、ネイチャーポジティブに対応することが求められています。
緑化活動や野生生物の保護など、多くの企業が以前から環境保護活動には取り組んでいますが、ネイチャーポジティブとはどのような違いがあるのでしょうか。

この記事では、GX(グリーントランスフォーメーション)の取り組みの一つでもあるネイチャーポジティブとはなにか、その意義や背景について解説し、企業や自治体の取り組みについて紹介します。

ネイチャーポジティブとは?

ネイチャーポジティブとは、現在進行している生物多様性の損失を食い止め、回復軌道に乗せることを意味する言葉で、日本語では「自然再興」と訳されます。*1, *2
気候変動適応やサーキュラーエコノミーなどと並ぶ、GXに関わる重要な政策の一つでもあります。

2022年開催の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」では、ネイチャーポジティブの世界的な社会目標として「2020年を基準として2030年までに自然の喪失を食い止め、逆転させ、2050年までに完全な回復を達成する」ことを掲げています。(図1)*1, *2


図1:ネイチャーポジティブの概念図
出所)サイエンスポータル「《JST共催》持続可能な生物環境を作ろう サイエンスアゴラ2023オンライン企画「ネイチャーポジティブと科学技術」より」
https://scienceportal.jst.go.jp/explore/reports/20231222_e01/

ネイチャーポジティブは、2021年のG7サミットで公式に使用され始め、2022年のCOP15を契機に広まった概念ですが、生物多様性や自然との共生については1990年代前半から国際的に議論されてきました。(図2)*3


図2:ネイチャーポジティブの普及に至るまでの主な出来事
出所)経団連「ネイチャーポジティブ早わかりQ&A」p.8
https://www.keidanren.or.jp/journal/monthly/2024/05/p08.pdf

ネイチャーポジティブの新しい国際目標を達成するためには、従来の自然保護活動に加えて、廃棄物の削減や持続可能な生産を実現するサーキュラーエコノミーや、脱炭素化などの気候変動対策などに取り組む必要があると考えられています。(図3)*4


図3:ネイチャーポジティブを実現するための行動の内訳
出所)環境省「J-GBFネイチャーポジティブ宣言」
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/j-gbf/about/naturepositive/

日本政府は、GBFの採択をうけて、2030年までにネイチャーポジティブを達成することを掲げた「生物多様性国家戦略2023-2030」を2023年3月に閣議決定しています。(図4)*3


図4:「生物多様性国家戦略2023-2030」の全体像
出所)経団連「ネイチャーポジティブ早わかりQ&A」p.10
https://www.keidanren.or.jp/journal/monthly/2024/05/p08.pdf

この国家戦略では、ネイチャーポジティブ実現に向けた目標のひとつとして「30by30」が位置付けられています。
「30by30」とは、2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようという目標です。
30by30では、国立公園などの保護地域の拡張、管理の質の向上のほかに、保護地域以外でも生物多様性保全に資する地域(OECM:Other Effective area-based Conservation Measures)を設定し、地域の力を結集して保全します。*5
さらに、民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域も「自然共生サイト」と認定し、OECMに登録されます。*6

ネイチャーポジティブが求められている背景

国内外でネイチャーポジティブが推進されている背景として、生物多様性が危機的な状況にあることが挙げられます。
現在、地球は過去1,000万年間の平均と比較して、約10倍から100倍ものスピードで生物が絶滅しており、絶滅速度はさらに加速するとも言われています。(図5)*7


図5:1500年以降の絶滅
出所)環境省 ecojin「今月のキーワード 絶滅危惧種」
https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin/eye/20240410.html

これまでにないスピードで種の絶滅が進んでいるのは、乱獲や森林伐採などの土地開発、温室効果ガス排出による気候変動など、人間の活動によるものが原因です。

人間の活動が生物多様性の損失を招く一方で、私たちの日々の生活や経済活動は、自然の恵みである「自然資本」に依存しています。
そのため、種の絶滅によって自然資本が劣化していくことは、社会経済の持続可能性において、明確なリスクであると考えられています。*8

世界経済フォーラムの報告書によると、生物多様性の損失は、気候変動やそれにともなう自然災害、異常気象などに次ぐ、国際的な脅威であるとされています。
生態系が破壊され、自然からの恵みが得られなくなると、世界の総GDPの半分に相当する約44兆ドル以上が脅かされる可能性があるというデータもあります。
一方で、世界経済フォーラムの試算では、ネイチャーポジティブへの投資を進めることで、2030年までに約3億9500万人の雇用を創出し、年間約1150兆円規模のビジネスチャンスが見込まれるとされています。*9

つまり、ネイチャーポジティブに取り組むことは、自然の豊かさを取り戻すだけでなく、人間の生存基盤を守り、経済活動を活発化させることにもつながります。

自治体や企業のネイチャーポジティブへの取り組みは?

生物多様性の損失は私たちの生活を脅かす重大なリスクであり、ネイチャーポジティブは社会全体の課題とも言えます。
現在、日本国内の企業や自治体、教育機関などでは、ネイチャーポジティブに向けてさまざまな取り組みをおこなっています。

世界をリードする愛知県の取り組み

ネイチャーポジティブは、愛知県で開催されたCOP10で採択された「愛知目標」の後継となるGBFにおける2030ミッションに理念として取り入れられている概念です。*10

愛知県ではこれまでもCOP10の開催地として、自然再興に積極的に取り組んできました。
2021年に策定された「あいち生物多様性戦略2030」では、「生態系ネットワークの形成」と「生物多様性主流化の加速」を2つの軸とし、湿地や里山の保全、鳥獣の保護・管理、地域の保全活動の活性化などの10の重点プロジェクトを定めています。*10

さらに、全国トップクラスの企業が集積している愛知県ならではの強みをいかし、県内企業に向けたあいち生物多様性企業認証制度も創設しています。(図6)*10


図6:あいち生物多様性企業認証マーク
出所)愛知県「ネイチャーポジティブ(自然再興)の実現に向けた愛知県の取組」p.6
https://kankyojoho.pref.aichi.jp/DownLoad/DownLoad/hakusyo/r5/03_05tokushu.pdf

認証制度を通じ、愛知県の企業がネイチャーポジティブのトップランナーとして国内外で活躍していくことが期待されています。

大手住宅メーカー3社による都市緑化の共同評価

旭化成ホームズ株式会社、積水ハウス株式会社、大和ハウス工業株式会社の大手住宅メーカー3社は、ネイチャーポジティブ実現に向けて、都市緑化がもたらす効果について検証しています。
3社それぞれ独自のコンセプトによって、在来樹種による都市緑化をおこなってきたことが、生物多様性保全にどのように貢献しているのか分析、評価する取り組みです。

検証の結果、3社が個別に実施してきた首都圏での緑化活動はそれぞれ生態学的に補完しあうことで、ネイチャーポジティブを実現させるシナジーがあることが確認されています。
生物多様性の評価指標となる植栽樹種の順位曲線のグラフでは、3社統合することで緩やかとなっていますが、これは多様性が豊かであることを示しています。(図7)*11


図7:あいち生物多様性企業認証マーク
出所)ダイワハウス工業株式会社「旭化成ホームズ、積水ハウス、大和ハウス工業3社協働在来樹種の都市緑化でネイチャー・ポジティブの実効性とシナジーを実証」
https://www.daiwahouse.co.jp/about/release/house/20240903174514.html

この検証結果は、企業間でのネイチャーポジティブ実現に向けた共創の可能性を示すものです。
今後は、在来樹種による植栽を住宅・不動産業界全体に広げていき、ネイチャーポジティブの取り組みを加速させていきます。

若手研究者を育成するネイチャーポジティブ基金

東京大学では、GXの推進において、「カーボンニュートラル」「サーキュラーエコノミー」、そして「ネイチャーポジティブ」を重要な3つの柱としています。(図8)*12


図8:東京大学のGXに関する基本的考え方
出所)東京大学「東京大学のGXについて」
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/actions/gx/about.html

GXを推進するためのネイチャーポジティブの取り組みの一つとして、「長期生物多様性観測」と「若手人材の育成」を同時に実現することを目的とした、ネイチャーポジティブ基金を設立しています。
長期生物多様性観測では、樹木のような寿命の長い生物の変化を観測し、生物多様性の損失の原因を探ることで、ネイチャーポジティブに向けた道筋を見出します。
さらに、長期生物多様性観測拠点を活用した学生インターンの受け入れや教育プログラムの作成などをおこない、未来を担う若手研究者の機会創出につなげます。*13

おわりに

近年急速に普及したネイチャーポジティブは、地球環境と経済活動のどちらも豊かにする取り組みです。
ネイチャーポジティブの取り組みは多岐に渡り、企業や団体によってさまざまなアプローチがあります。
自然資本を守ることは、短期的には企業の利益に直結しない部分もあるかもしれません。
しかし、企業の経済活動はさまざまな自然資本に依存していることから、長期的にみるとビジネスチャンスの創出や経営基盤の強化にもつながると考えられています。

どれだけ技術が進歩しても、私たち人間は自然からの恵みがなければ、生きていくことはできません。
自然との関わりを改めて見つめ直すネイチャーポジティブは、持続可能な社会の実現に不可欠な概念と言えるでしょう。

参考文献

石上 文

広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。

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