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「競業避止義務」とは 大切なのは企業の秘密保持?それとも職業選択の自由?

「ライバル会社では副業しません」「会社を辞めた後、ライバル会社では働きません」
こんな内容の書類に署名した経験はないでしょうか。

競業避止義務とは、使用者と競合する業務を行わない義務のことです。
使用者と競業する事業を行うことも、競業他社への就職も競業避止義務の違反になります。

競業避止義務は、企業の秘密保持や人材への投資費用回収のためには必要なものです。
しかしその一方で、職業選択の自由という観点からは問題もあります。

また、具体的な規制が明文化されていないため、どのようなときに競業避止義務に違反することになるのか、あるいは違反しないのかについては、さまざまな解釈があります。

この競業避止義務をめぐっては、最近、日米で大きな動きがありました。
その内容はどのようなものだったのでしょうか。

この記事では、競業避止義務の最新動向をご紹介します。

競業避止義務とは

競業避止義務とは、使用者と競業する企業に就職したり、競合する事業を営むことを差し控える義務のことです。*1

ただし、競業避止義務は、規制が明文化されているわけではありません。
また、使用者と労働者の利害が一致しないこともあり、その有効性をめぐっては、さまざまな解釈が存在します。

特に独占禁止法や民法との兼ね合いが長年の課題で、企業と労働者の間の民事訴訟でも、多くの場合、民法の公序良俗に反する契約かどうかが争われてきました。*2

厚生労働省は、裁判例を参照し、競業避止義務の基本的な方向性を以下のように示しています。*3

1)競業の制限が合理的範囲を超えて職業選択の自由を不当に拘束する場合には、公序良俗に反して無効となる。合理的範囲内かどうかは、制限する期間、場所的な範囲および職種の範囲、代償の有無などについて、企業の利益と退職者の不利益などから判断される。

2)競業活動をある期間制限したとしても、直ちに職業選択の自由を不当に拘束するとはいえない。同業他社へ就職した場合に退職金の額を半額とする退職金規程も、退職金が功労報償的な性格を合わせ持っていることからすれば、合理性がないとはいえないとした事例がある

このように、これまで、競業避止義務の有効性はあまり明確ではありませんでした。

そこで2024年4月、内閣府の規制改革推進会議 第5回働き方・人への投資ワーキング・グループは、「競業避止義務の明確化」を議題にして、経済産業省、厚生労働省、公正取引委員会、民間企業などからヒアリングを行いました。

それぞれ、どのような見解を示したのかみていきましょう。

経済産業省の見解

経済産業省は、一定の条件を満たせば競業避止義務契約の有効性が認められるとし、有効性が認められるかどうかのポイントを、以下のように示しました。*4

1)競業避止義務契約を締結する際に考慮すべきこと
・企業側に、営業秘密など、守るべき利益が存在すること
・企業の利益に関係する業務を行っていた従業員など、特定の人を対象とすること

2)競業避止義務契約の有効性が認められる可能性が高い規定
・競業避止義務期間が1年以内であること
・禁止行為の範囲を、業務内容や職種などによって限定していること
・代償措置(高額の賃金など)が設定されていること

3)競業避止義務契約の有効性が認められない可能性が高い規定
・競業避止義務が不要な従業員と契約していること
・職業選択の自由を阻害するような、地理的な制限をかけていること
・競業避止義務期間が2年超になっていること
・禁止行為の範囲が一般的・抽象的な文言になっていること
・代償措置が設定されていないこと

これらは、同省の『秘密情報の保護ハンドブック』から抜粋したものです。

厚生労働省の見解

次に、厚生労働省は、さまざまな学説や裁判例を基に、以下のような見解を示しました。*1

● 在職中は、労働条件ではないが、企業の正当な利益が侵害されることを防ぐため、労働契約の付随義務として、労働者には使用者と競合する業務を行わない義務があると解釈されている。
● 退職後は、企業の正当な利益があるとしても、労働者に職業選択の自由があるため、競業避止義務は限定的だと解釈されている。
● 競業避止義務を課すことが有効であるかどうかは、個々の事案ごとに、最終的に司法において判断される。

また、同省は、2023年7月に最終改定した「モデル就業規則」に、裁判例とともに、競業避止義務に関する規定を以下のように掲載しています。

「モデル就業規則」の規定(副業・兼業)
第70条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 会社は、労働者からの前項の業務に従事する旨の届出に基づき、当該労働者が当該業務に従事することにより次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止又は制限することができる。

1)労務提供上の支障がある場合
2)企業秘密が漏洩する場合
3)会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
4)競業により、企業の利益を害する場合

同省はさらに、2022年7月に最終改定した「副業・兼業の促進に関するガイドライン」で、競業避止義務に関する留意点を以下のように示しています。

● 競業によって自社の正当な利益を害する場合には、就業規則などで、副業・兼業を禁止または制限することができることとしておくこと
● 副業・兼業を行う労働者に対して、禁止される競業行為の範囲や、自社の正当な利益を害しないことについて注意喚起すること
● 他社の労働者を自社でも使用する場合には、当該労働者が当該他社に対して負う競業避止義務に違反しないよう確認や注意喚起を行うこと

公正取引委員会の見解

公正取引委員会は、以下のような見解を示しています。*5

● 自習競争減殺の観点から:発注者(使用者)が、営業秘密等の漏洩防止の目的のために合理的に必要な範囲で秘密保持義務または競業避止義務を課すことは、直ちに独占禁止法上問題となるものではない。

● 競争手段の不公正さの観点から:発注者(使用者)が役務提供者(労働やサービスを提供する人)に対して義務の内容について実際と異なる説明をしたり、あらかじめ十分に明らかにしないまま役務提供者が秘密保持義務や競業避止義務を受け入れている場合には、独占禁止法上問題となり得る。

● 優越的地位の濫用の観点から:優越的地位にある発注者(使用者)が課す秘密保持義務や競業避止義務が不当に不利益を与えるものである場合には、独占禁止法上問題となり得る。

また、競争政策上望ましくない行為として、以下が挙げられています。

● 対象範囲が不明確な秘密保持義務や競業避止義務は、役務提供者に対して他の発注者(使用者)との取引を萎縮させる場合があるので、望ましくない。

なお、フリーランスを対象にした場合については、2021年、内閣官房成長戦略会議事務局、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省の連名で公表された「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」で、次のような見解が示されています。

● フリーランスとして業務を行っていても、実質的に発注事業者の指揮命令を受けて仕事に従事していると判断される場合など、現行法上「雇用」に該当する場合には、労働関係法令が適用される。

● 取引上の地位がフリーランスに優越している発注事業者が、一方的に当該フリーランスに対して合理的に必要な範囲を超えて秘密保持義務、競業避止義務、あるいは専属義務を課す場合に、当該フリーランスが、今後の取引に与える影響などを懸念して、それを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり、優越的地位の濫用として問題となる(独占禁止法第2条第9項第5号ハ)

民間企業の運用例

では、民間企業は、競業避止義務について、どのような運用をしているのでしょうか。

同ヒアリングに応じたサイボウズは、同社と事業上または業務上競合する可能性がある企業または個人における複業ガイドラインを以下のように定めています。*6

1) 競業によって同社の利益を害する(可能性が高い)複業は禁止
同社の利益を害さないと本人が考える場合には、公開アプリ内に「リスクに対する考えやリスクを回避するための工夫」を記載し、「リスクが顕在したときは、自ら責任で複業を中止する、損害賠償等を受け入れる」という条件付きで、複業実施を本人が判断する

2) 複業先への同社の秘密情報の漏洩禁止
競合の複業先で知った秘密情報を、同社に「言わないこと」が競業避止義務違反になる(同社の利益を害する)こともある

3) 複業途中で競合になる、利益を害する可能性がでてきた場合、「競合になる」ことも各社の秘密情報のため、複業を中止する際には、「競合になりそう」以外の理由を話して複業をやめるなど、工夫する(図1)。

図1 複業途中で競合になる&利益を害する可能性がでてきた場合の中止方法
出所)内閣規制委員会・サイボウズ株式会社「内閣規制委員会 規制改革推進会議 働き方・人への投資ワーキング・グループ 競業避止義務の明確化について」 p.15
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2310_03human/240417/human05_0104.pdf

アメリカの動向

最後にアメリカの最新動向をご紹介します。

米連邦取引委員会(FTC)は2024年4月23日、企業が従業員に対して競合他社への転職を禁じる「競業避止義務」を違法とする新ルールを決めました。*2

FTCは、競業避止義務によって、労働者がより良い条件を求めて転職したり起業したりすることが妨げられてきたと主張しています。

新たなルールを適用すれば、労働者の年収が平均524ドル上がり、起業件数は年間8,500件ほど増えるとの試算も公表しました。

この規則は2023年1月に提案され、2024年8月に施行されます。*7

アメリカでは、営業秘密や顧客基盤がライバル企業に渡ることを防ぐ措置として、多くの企業が雇用契約に競業避止義務を盛り込んでいますが、発効後は雇用契約に入れることはできなくなります。*2

ただし、この規則は、上級幹部との既存労働契約には適用されません。また非営利団体や一部の銀行、保険会社、航空会社など特定の業種はFTCの規制対象から外れています。*7

新規則を受け、米労働総同盟産別会議は、「搾取的な慣行を禁じ労働者に機会均等を提供する強力な規則」と称賛しました。

一方、米企業の人事・労務部門に大きな影響を与えるのは必至で、経済界は猛反発しています。*2
全米商工会議所の会頭は、ルールを決める権限はないとしてFTCを提訴する方針を表明しました。

経済界は、ノウハウや原価、顧客に関するデータなどの営業秘密を守るには競業避止義務は必要だという立場で、規制するとしても州法によるべきだと訴えてきました。
一方FTCは、従業員との間で「秘密保持契約(NDA)」を結ぶことで代替できるとしています。

おわりに

企業の秘密保持を優先するのか、それとも労働者の職業選択の自由を尊重するのか―その兼ね合いは難しい問題です。
また、規制が不明確であること、独占禁止法に照らした判断など、競業避止義務には複雑な問題が絡んでいます。

とはいえ、副業・兼業は普及しつつあり、退職後に働く人も珍しくなくなってきた現在、競業避止義務はごく身近な問題ともいえます。

今後もその動向に注目してみてはいかがでしょうか。

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横内 美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育
成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。
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