AIが社会実装されつつあるAI時代とは、どのような時代なのでしょうか。
ここからは、社会学者の遠藤薫氏、教育学者の楠見友輔氏、政治理論を専門とする佐藤竜人氏の論文を参照しながらみていきます。
最近、地質学分野から、現代を含む「人新世」という時代区分が提案されています。*1
人新世の定義はまだ確定されていませんが、コンピュータが実用化され、社会の情報化が急速に進んだ第3次産業革命の時代に該当すると考える研究者もいます。
この時代の特徴の1つは、人間活動が環境に重大な影響をおよぼすことです。
その結果、気候変動や巨大災害、動物由来の感染症パンデミックなどのリスクがもたらされたと考えられています。
人新世は、「自然環境は人間が利用するための存在である」「人間がもっとも進化した存在である」というヒューマニズム(人間中心主義)によって特徴づけられています。
人類は、このヒューマニズムに基づいてテクノロジーを極限まで発展させてきました。そしてそれが現代の危機を誘発したと、遠藤氏は述べています。
人間とテクノロジーの融合は、人間を自律的な存在と捉えること、またそれゆえに特権的な存在であると捉える科学に、問い直しを迫っていると、楠見氏は指摘します。*2
現代を生きる私たちの意思決定を、他者から切り離された個によるものと捉えることはもはや困難でしょう。
例えば、選択や判断のさまざまな場面において私たちはAIのリコメンデーションシステムの影響を受けるようになっています。
プラットフォーム事業者は、利用者個人のクリック履歴など収集したデータを組み合わせてプロファイリング(分析)し、コンテンツのレコメンデーションやターゲティング広告など、利用者が関心を持ちそうな情報を優先的に配信しています。*3
こうしたプラットフォーム事業者のアルゴリズム機能によって、ユーザーは、インターネット上の膨大な情報・データの中から自身が求める情報を得ることが可能です。
しかしその一方で、アルゴリズム機能で配信された情報を受け取り続けることによって、自分の興味のある情報だけにしか触れなくなるという側面もあります。
こうした状況は「フィルターバブル」と呼ばれます。
このバブルの内側では、自分と似た考え・意見が多く集まり、反対のものはフィルタリング(排除)されるため、ユーザーは自分の観点に合わない情報から隔離され、特定の考え方や価値観の「バブル(泡)」の中に閉じ込められることになります。
SNSなど自分と似た興味関心を持つユーザーが集まる場で、フォローしたりリポストしたりしながらコミュニケーションを重ねる結果、自分が発信した意見に似た意見が返ってきて、特定の意見や思想が増幅していく状態も生じます。
これは「エコーチェンバー」と呼ばれ、閉じた小部屋で自分の声が反響するように、何度も同じような意見を聞くことで、それが正しく間違いのないものであると、より強く信じ込んでしまう状況を指します。
このように、私たちの選択や判断はもはや私たち人間が自律的に行ったものとはいえない状況があるのです。
また、最近は生成AIの利用も広がってきています。
野村総合研究所の調査によると、ChatGPTを提供するOpenai.com への日本からのアクセス数は2023年5月中旬に1日767万回に達しています。*4
その業務上の用途は、全体としては「情報収集」や「文章の作成」が多いのですが、その他、「アイディアを考える」「文章の翻訳・要約」「Excelなどの関数を調べる」「プログラミング」、さらには「悩み相談」「人の代わりにコミュニケーション相手になる」など多岐にわたります(図1)。
図1 業務におけるChatGPT利用用途(関東地方15~69歳、2023年6月3~4日)Openai.comへの日本からのアクセス数推移(2022/12/1~2023/5/31)
出所)野村総合研究所「日本のChatGPT利用動向(2023年6月時点)」(2023年6月22日)
https://www.nri.com/jp/knowledge/report/lst/2023/cc/0622_1
さらに、さまざまなモビリティやICTの半自動化・自動化が進められている現在、私たちの行為は、いたるところで機械とハイブリッド化されるようになっています。*2
こうした状況にある私たち人間は、既に「ポスト・ヒューマン」ということができるのではないかと遠藤氏は述べています。*1
現在は、このように、人間と非人間の境界が曖昧になっており、人間だけの主体性によって社会現象を説明することに限界が生じているといえます。
AI時代は、社会や科学技術、思想の新しい局面が訪れたために、これまでの思考や価値観に限界がきて、パラダイムシフトが迫られていると捉えることができます。
パラダイムシフトとは、パラダイム(物事の見方や捉え方、枠組み)が別のものに移行するこ
とで、ある時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観な
どが革命的に、あるいは劇的に変化することです。*5
では、AI時代に訪れつつあるパラダイムシフトとはどのようなものでしょうか。
もう少し深掘りしてみましょう。