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AI時代の私たち・「ポスト・ヒューマン」を支えるパラダイムとは

西欧では「人間がもっとも進化した存在である」という人間中心主義に基づいてテクノロジーを極限まで発展させてきました。物質はあくまで人間以下であるという位置づけです。

これまでAIやロボット技術の発展を支え、推進してきたのはそうした世界観であり、科学の世界でも、自律的な人間を特権的な存在と捉えてきました。

しかし、現在のようなAI時代においては、私たち人間の選択や判断は少なからず機械の影響を受けています。また、あたかも人のような振舞いをする生成AIも登場しました。

人間と非人間の境界が曖昧になってきている今、私たちは既に「ポスト・ヒューマン」(人間以降の存在)であるという研究者もいます。

では、よりよいAI時代を目指すためにはどのようなパラダイムシフトが必要なのでしょうか。
「ポスト・ヒューマニズム」「ニューマテリアリズム」をキーワードに考えます。

ヒューマニズム(人間中心主義)の限界

AIが社会実装されつつあるAI時代とは、どのような時代なのでしょうか。

ここからは、社会学者の遠藤薫氏、教育学者の楠見友輔氏、政治理論を専門とする佐藤竜人氏の論文を参照しながらみていきます。

「人新世」とヒューマニズム

最近、地質学分野から、現代を含む「人新世」という時代区分が提案されています。*1
人新世の定義はまだ確定されていませんが、コンピュータが実用化され、社会の情報化が急速に進んだ第3次産業革命の時代に該当すると考える研究者もいます。

この時代の特徴の1つは、人間活動が環境に重大な影響をおよぼすことです。
その結果、気候変動や巨大災害、動物由来の感染症パンデミックなどのリスクがもたらされたと考えられています。

人新世は、「自然環境は人間が利用するための存在である」「人間がもっとも進化した存在である」というヒューマニズム(人間中心主義)によって特徴づけられています。

人類は、このヒューマニズムに基づいてテクノロジーを極限まで発展させてきました。そしてそれが現代の危機を誘発したと、遠藤氏は述べています。

人間とテクノロジーの融合がもたらすもの

人間とテクノロジーの融合は、人間を自律的な存在と捉えること、またそれゆえに特権的な存在であると捉える科学に、問い直しを迫っていると、楠見氏は指摘します。*2
現代を生きる私たちの意思決定を、他者から切り離された個によるものと捉えることはもはや困難でしょう。

例えば、選択や判断のさまざまな場面において私たちはAIのリコメンデーションシステムの影響を受けるようになっています。

プラットフォーム事業者は、利用者個人のクリック履歴など収集したデータを組み合わせてプロファイリング(分析)し、コンテンツのレコメンデーションやターゲティング広告など、利用者が関心を持ちそうな情報を優先的に配信しています。*3

こうしたプラットフォーム事業者のアルゴリズム機能によって、ユーザーは、インターネット上の膨大な情報・データの中から自身が求める情報を得ることが可能です。
しかしその一方で、アルゴリズム機能で配信された情報を受け取り続けることによって、自分の興味のある情報だけにしか触れなくなるという側面もあります。

こうした状況は「フィルターバブル」と呼ばれます。
このバブルの内側では、自分と似た考え・意見が多く集まり、反対のものはフィルタリング(排除)されるため、ユーザーは自分の観点に合わない情報から隔離され、特定の考え方や価値観の「バブル(泡)」の中に閉じ込められることになります。

SNSなど自分と似た興味関心を持つユーザーが集まる場で、フォローしたりリポストしたりしながらコミュニケーションを重ねる結果、自分が発信した意見に似た意見が返ってきて、特定の意見や思想が増幅していく状態も生じます。

これは「エコーチェンバー」と呼ばれ、閉じた小部屋で自分の声が反響するように、何度も同じような意見を聞くことで、それが正しく間違いのないものであると、より強く信じ込んでしまう状況を指します。

このように、私たちの選択や判断はもはや私たち人間が自律的に行ったものとはいえない状況があるのです。

また、最近は生成AIの利用も広がってきています。
野村総合研究所の調査によると、ChatGPTを提供するOpenai.com への日本からのアクセス数は2023年5月中旬に1日767万回に達しています。*4

その業務上の用途は、全体としては「情報収集」や「文章の作成」が多いのですが、その他、「アイディアを考える」「文章の翻訳・要約」「Excelなどの関数を調べる」「プログラミング」、さらには「悩み相談」「人の代わりにコミュニケーション相手になる」など多岐にわたります(図1)。

図1 業務におけるChatGPT利用用途(関東地方15~69歳、2023年6月3~4日)Openai.comへの日本からのアクセス数推移(2022/12/1~2023/5/31)
出所)野村総合研究所「日本のChatGPT利用動向(2023年6月時点)」(2023年6月22日)
https://www.nri.com/jp/knowledge/report/lst/2023/cc/0622_1

さらに、さまざまなモビリティやICTの半自動化・自動化が進められている現在、私たちの行為は、いたるところで機械とハイブリッド化されるようになっています。*2

こうした状況にある私たち人間は、既に「ポスト・ヒューマン」ということができるのではないかと遠藤氏は述べています。*1

現在は、このように、人間と非人間の境界が曖昧になっており、人間だけの主体性によって社会現象を説明することに限界が生じているといえます。

AI時代は、社会や科学技術、思想の新しい局面が訪れたために、これまでの思考や価値観に限界がきて、パラダイムシフトが迫られていると捉えることができます。

パラダイムシフトとは、パラダイム(物事の見方や捉え方、枠組み)が別のものに移行するこ
とで、ある時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観な
どが革命的に、あるいは劇的に変化することです。*5

では、AI時代に訪れつつあるパラダイムシフトとはどのようなものでしょうか。
もう少し深掘りしてみましょう。

ポスト・ヒューマニズム(脱人間中心主義)

人間と非人間の境界が曖昧になり、すでに人間が「ポスト・ヒューマン」と捉えられる現在、次のような問いが立てられています。*1

・人間はいつまで地球上で優位を保ち続けられるのか
・人間が優位であることは望ましいことなのか
・機械・動物はどのように位置づけられるのか

これに答えようとしているのが「ポスト・ヒューマニズム(脱人間中心主義)」という考え方です。

ポスト・ヒューマニズムは、「人間中心主義(humanism)の後(=ポスト)」を謳う理論です。*2

意外かもしれませんが、ポスト・ヒューマニズムは特にフェミニストの研究者たちによって探求されています。
なぜでしょうか。

それは、人間中心主義者(ヒューマニスト)にとっての人間とは、「白く(白人で)、男らしく、健常で、若く、健康という理想」をモデルとしているという事情があるからです。

かつて西洋の道徳的哲学では、白人、男性、成人だけに十分な合理的思考能力があると考えられていました。そのため、白人、男性、成人には道徳的な行為が可能であり、かつ道徳的配慮を受けるのに値する一方で、それ以外の存在には道徳的な権利はないとみなされていました。*6

このような状況に対して、ヒューマニズムは全ての人間を中心に据えているわけではなく、特定の人間を理想的で特権的な地位にすえおき、それ以外を周縁化して人間以下に貶めていると、フェミニストたちが告発したのです。

それと同じ論理で、理想的な人間から遠い存在は、人間よりも地位の低い物とみなされ、物質は人間以下(less than human)と位置づけられてきました。*2
これに対して、非人間と人間を区別する前提が、思考や創造の可能性を制限しているとみるのが、ポスト・ヒューマニズムの考え方です。

ニューマテリアリズム(新しい物質主義)

新たなパラダイムとしてもう1つご紹介したいのが、「ニューマテリアリズム」です。
その特徴は、「物質と人間の対称性」に注目していること。*2

それはどういうことでしょうか。
佐藤氏はこう説明しています。

従来の思想では、「文化(人間)」と「自然(物質)」という区別を設け、人間のみが行為体性(主体的な意志に基づく選択や行為をする能力)をもち、その一方で、自然や物質は受動的、静的なものと考えられてきました。*7
つまり、人間と物質とは行為体性において、非対称だと捉えられてきたのです。

こうした考え方に対して、ニューマテリアリズムは、物質も行為体であると主張します。
特にAIやロボットは、人生のあらゆる領域に介入しているだけではなく、先ほどみたように、人間の主体としての自律性を制限し、その態度や判断の過程に介入するようにもなっています。

従来考えられていたように物質はただ支配されるだけの受動的な存在ではなく、また人間も唯一の行為体というわけではなく、世界に存在する行為体のうちの1つであるという世界観です。

こうしたニューマテリアリズムは、物質を行為体として見直し、そうした視座から人間を見直していきます。

人間と物質の、このような新しい関係性は、人間のためのみの知を模索するのではなく、他の行為体を含めた「私たち」のための知を模索することにつながり、「私たち」がこの世界の中で生き延びていくための足掛かりをもたらしてくれると、佐藤氏は説きます。

おわりに

これまでAIやロボット技術の発展を支え、推進してきたのはヒューマニズム(人間中心主義)でした。その世界観では自律的な人間を特権的な存在と捉えてきました。
しかし、現在のようなAI時代には、その世界観は問い直されています。

人間と非人間の境界が曖昧になってきている今、物質は行為体性を持ち、人間はその物質と同じ地平に並ぶ存在だと考えられるようになってきました。

日本では、この記事でご紹介した「ポスト・ヒューマニズム」と「ニューマテリアリズム」について、ようやく議論が始まろうとしているところです。*2

時代のダイナミックな変化にともない、人間と物質の関係性が大きく転換しようとしている今、こうした価値観にも目を向け、AI時代をどう生きていくのか、考えを巡らせてみてはいかがでしょうか。

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横内美保子

博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。

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