一方、この10年で、「好きなことを仕事にしたい」という方とも、多く出会ってきました。そこで感じたのは、“お金との向き合い方の難しさ” です。
「好きなこと」を仕事にするうえで、「お金」は避けては通れない問題です。しかし、立ちはだかるのは、単なる経済的な壁だけではありません。
「好きなこと」を仕事にするからこその、心理的な壁も乗り越えなければならないのです。具体的には、次の3つの壁が挙げられます。
● 壁1:自分の価値を「お金」で測られるジレンマ
● 壁2:「お金」と「好き」の温度差
● 壁3:なじめない成果主義
多くの人にとって、「好きなこと」は自分のアイデンティティと深く結びついています。それは、自分らしさを表現する大切な手段であり、生きがいそのものでもあるでしょう。
しかし、その「好きなこと」を仕事にするということは、自分の価値が「お金」で測られることを意味します。自分の情熱や想いが、金銭的な評価にさらされるのです。
「自分の好きなことを、お金に換算したくない」
「評価されないと、人生を否定されたように感じる」
こうした感覚を抱くのは、ごく自然なことかもしれません。自分の価値観や生き方が、他者の基準で数値化される違和感は、なかなか拭えないものです。
「好きなこと」には、ときに理屈抜きで没頭してしまうものです。一方、ビジネスの世界では、冷静な判断力や交渉力が求められます。
情熱と理性、「好き」と「お金」。その温度差に戸惑う人は少なくありません。
「ビジネスライクな交渉事が苦手」
「お金の話をするのは、自分の好きなことを、おとしめているようで抵抗がある」
「好き」と「お金」のバランスを取ることの難しさが、ここにあります。「好き」を仕事にした瞬間、好きではない業務にとらわれて苦しくなるケースも、少なくありません。
「好きなこと」に取り組む喜びは、何物にも代えがたいものです。しかし、ビジネスの世界では、結果がすべてを決めます。
情熱を傾けたからといって、かならずしも報われるとは限りません。ときには、思うような成果が出ず、挫折感を味わうこともあるでしょう。
「一生懸命やっているのに、なぜ評価されないんだろう」
「安定した収入が得られなくて、つらい」
成果主義の荒波に揉まれながら、「好き」を守り抜くのは容易ではありません。ビジネスの現実にも向き合わなくてはならないからです。
こうした壁を乗り越えるためには、「お金」と「好き」の関係性を見つめ直す必要があります。
鍵となるのは、「お金」も「好き」も、自分の人生を豊かにする手段だと捉えること。「お金」を目的化するのではなく、「好き」を追求するための道具として活用する。そんな意識の転換が、突破口になるでしょう。
あるいは、業務を通じて「お金との付き合い方を徹底的にマスターする」という手段もあります。
これは筆者自身の経験談ですが、会社員時代、「お金の交渉」を日々の業務として行ううちに、抵抗感が消えていきました。
“慣れた” というのもありますが、何より、お金の大切さを肌で感じたからです。
売値を上げ、仕入れ値を下げ、値引き交渉をし、コストを削減し、マージンを設定する。そうした営みは、「続けるため」に不可欠です。
お金は、好きなことを続けるために循環する、血液のようなもの。汚いものではなく、大切なものです。その認識が深まれば、お金の壁はなくなっていくでしょう。